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「――ああ、大丈夫だよ。化膿してるわけじゃない」
寝台の上に膝をついたキールトは、上掛けで腰回りを隠して目の前に座っているアイリーネの裸の背中を眺めて言った。
「服がこすれたのか、ちょっと赤くなってるとこはあるけど」
「よかった。拭いてたら少しピリッとしたから、気になって」
邪魔にならないように身体の前に持ってきた長い黒髪を押さえながら、アイリーネはホッとしたように息を吐いた。
「でも、まだ痛々しいな……」
アイリーネの白い背中に太く斜めに走った火傷痕を見ながら、キールトはいたわしげに呟く。
「あの軟膏はちゃんと塗ってるのか? 引き攣れにも効くし、痕を薄くする効能もあるんだから、欠かさず塗るんだぞ」
「うん……。手が届きにくいところはちょっと難儀するけどね」
「今夜は僕が塗ってやるから、出して」
渡された小さな陶製の瓶から軟膏をすくい、アイリーネの背中に塗り伸ばしながら、キールトは兄のような口調で言った。
「アイリ、もう無茶はしないでくれよ」
「キールトもね。慎重なようで意外と思い切ったことするから」
「いや、そっちこそ。ほら、侯爵家の楡の木のてっぺんから仔猫が下りて来られなくなったときだって――」
懐かしい昔話に花を咲かせ始めた幼なじみの二人は、背後で薄く開けられた扉の向こうにフィンが立っていたことには気がつかなかった。
◇ ◇ ◇
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