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思い出話をしたせいか、アイリーネは当時の夢を見た。
キールトと一緒にシーン侯爵家で騎士見習いをしていたとき、主である侯爵が寒い国から一匹の仔犬を連れ帰ったことがあった。
「親からはぐれた野生の狼犬でね。なかなか懐かないんだよ」
栗色の毛に水色の瞳をしたその仔犬の世話は、アイリーネやキールトたち年少の見習いたちに任された。
グロートと名付けられた仔犬は、「かわいい~」と言って鼻先に手を出した同僚の少女に早速噛みつき、手分けして干そうとしていた洗濯物を引きずり回して泥だらけにし、誰かの靴を咥えていっては土の中に埋めた。
餌を与えようが、褒めようが、叱ろうが、一向に言うことを聞かないばかりか、言い返すかのように全力で吠え立てる始末で、アイリーネたちはしばらくの間小さな暴君に振り回される日々を過ごした。
成長するにつれ人に馴れ、修行を了えたアイリーネたちが侯爵家を離れるころにはおとなしく撫でさせてくれるまでになっていたが、グロートが心を許すきっかけになったのはおそらく雷だった。
侯爵家にグロートが来て半月ほど過ぎたころ、激しい雷雨に見舞われた晩があった。
怯えてキュウキュウと鳴くグロートを、アイリーネたちは宿舎の中に入れて、布でくるんでなだめ続けた。
「大丈夫……」
撫でながら何度もそう声を掛けているうちにグロートは落ち着き、その夜を境に徐々に人に懐いていったように思う。
アイリーネが薄く目を開けると、透き通るような水色の瞳が見えた。グロートの水色だ。
「大丈夫だよ……」
そっと抱き寄せて、栗色の頭を撫でる。
懐かしい温もりに頬をすり寄せ、ずいぶん大きく逞しくなったんだなと微笑み、でもどうして顔や身体はすべすべしているんだろう……などと思っていると――。
「なっ、何が大丈夫なんだよ」
上ずった人間の声が耳許で響き、アイリーネは覚醒した。
「え……!?」
腕の中にいたのはグロートではなくフィンだったのだと気がついた途端、アイリーネは慌てて手を離した。
「えっ、や、な、なんで……っ」
しかもフィンは半裸だ。距離を空けるようにして身を引くと、今度は背中に温かいものが触れた。
「ん……」
背後から幼なじみの声が聴こえ、ようやくアイリーネは、窮屈な寝台でフィンとキールトに挟まれて就寝したことを思い出した。
この国の大抵の男性は上衣を身に着けずに眠るので、キールトもフィンと同じように脚衣しか穿いていない。
「眩しいな……もう朝か……。おはよう」
少し身体を起こしたキールトが、不思議そうに訊ねる。
「暑いのか? 二人とも顔が真っ赤だぞ」
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