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「アイリーネ・グラーニ、ただいま戻って参りました」
隊長執務室に入ったアイリーネがそう告げると、第一中隊の隊長、オスカー・エングスは髭面をほころばせ立ち上がった。
「おう、アイリ、待ってたぞ」
久しぶりに見る大男の気さくな笑顔に、アイリーネも表情を和ませる。
「ご迷惑をお掛けしました」
「もう大丈夫なようだな。おおよそのことはキールトから聞いているが……」
水を向けられ、執務机の傍らに立っていた銀髪の小隊長キールト・ケリブレも嬉しそうに口を開いた。
「アイリ、おかえり。って言っても、ついこの前まで一緒だったんだけどな」
キールトは休暇を取ってアイリーネの静養先にしばらく滞在し、複帰に向けての鍛錬に付き合ってくれた。
「助かったよ。元婚約者殿」
爽やかに礼を述べるアイリーネに、キールトも「たいしたことはしてないけどな」と笑顔で返したが、他の者たちの間には若干おかしな空気が流れた。
「――ねえっ、君たち本当に婚約解消しちゃったの!?」
もう一人の小隊長、きらめく金髪が印象的なヴリアン・レヒトが黙っておられず声を上げた。隊長が無言で睨むが、ヴリアンはお構いなしに続ける。
「小さい頃に親同士がまとめた縁談だから恋人らしい雰囲気はなかったけどさ、とにかく君たちずっと仲良しだったじゃない」
アイリーネは動じる様子もなく、笑みを浮かべたまま答えた。
「友情は続いてるよ」
キールトも穏やかに頷くが、ヴリアンはまだ納得がいかない様子だった。
「でもさあ、〝漆黒のハヤブサ〟に引けを取らない男性なんて、そうそう……」
「――もういいっすか」
ヴリアンの隣にいた男が、気だるげな声で遮った。
「俺、剣の訓練があるんで」
アイリーネは声の主に目をやった。
端正な顔立ちに退屈そうな表情を浮かべたその若者は、皆と同様に黒地に金刺繍の隊服を身に着けていた。横に立つ長身のヴリアンほどの背丈はなく、騎士にしては細身な方だが、均整の取れた体型をしている。
知己の隊員ではないようだと思いながらも、栗色の髪と水色の瞳にアイリーネはどことなく既視感を覚えた。
「ヴリアンさんのくっだらねー話で時間潰したくないんですよね」
ふてぶてしい物言いにも何やら憶えがあるような気がして、アイリーネは室内にいる面々を改めて見回す。
隊長の〝エルトウィンの荒熊〟オスカー、小隊長で元婚約者のキールト、同じく小隊長を務めるヴリアン、そしてこの栗色の髪の青年。
青年といっても、どこか少年のような……とアイリーネがまじまじと眺めたとき、ヴリアンが彼を咎めた。
「フィン、またそういう言い方して」
アイリーネは目を見開き、思わず大きな声を出した。
「フィン!?」
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