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栗毛の馬はすぐに馴染んで、アイリーネを乗せて軽快な速歩で訓練場周りの木々に囲まれた小径を進んでいった。
「おい、あんまり飛ばすな」
黒い馬に跨ったフィンが追いついてきて、怒ったような声で言う。
「馬に乗るのは久しぶりだろ。調子づくと落とされるぞ」
完全に勘を取り戻したつもりの乗馬にまで口出しされるのかと、アイリーネはうんざりした。
「静養先でキールトと何度か遠乗りしたから、もう感覚は戻ってる!」
そう言い放ち、さらに速度を上げて駈歩に切り替える。
「ちょっ……」
慌てて後から来るフィンを後目に風を切って馬を駆っていくと、くすぶっていた気分が吹き飛んでいく。頬を滑る冷たい空気が心地よくて、アイリーネは思わず笑みをこぼした。
「――ねっ? 大丈夫だったでしょ?」
フィンが追いつくのを大きな樫の木の下で待っていたアイリーネは、得意げに胸を張る。
「ほんと、ガキかよ……」
フィンは眉根を寄せて、呆れたように息を吐いた。
確かに少し大人げなかったが、それを認めるのも悔しくてアイリーネが何も言い返さないでいると、フィンは不機嫌そうな顔のまま馬の方向を切り替えた。
アイリーネも手綱を操り、ゆっくりした速度で小径を先に進んでいたフィンの横に馬をつけ、足並みを揃える。
しばらく黙っていたフィンが、独り言のように呟いた。
「――なんで婚約解消したんだ」
アイリーネは目を丸くする。
「『くっだらねー話』じゃなかった?」
騎士見習いになる前から結ばれていたキールトとの婚約が破談になったのは、アイリーネが静養休暇に入ってひと月が経ったころだった。二人が許婚だというのは隊でも周知のことだったので、その時点でキールトが皆に報告してくれたのだという。
「おまえたち相変わらず仲いいのに、おかしいだろ」
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