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「まだこちらの動向は嗅ぎつけられてはいないようだが、この任務が遂行されると都合が悪くなる勢力がいるのは確かだ。勘づかれたら妨害を仕掛けられる可能性が高い。そこで、着くまでに時間は掛かるが、他の三人は聖地を巡礼する旅人になりすまして、できるだけ安全に密書を運んでもらいたい。――キールト」
「はっ」
「お前、騎士を志す前は神学校にいたんだったな?」
「そうですが……」
基本的に長子が家督を相続するこの国で伯爵家の次男として生まれたキールトは、幼いうちに将来進む道を選び、七歳から寄宿制の神学校に入った。その後、アイリーネとの婚約を機に進路を変更して騎士を志し、現在に至っている。
「お前は神学生として、西廻りの巡礼路を使って片方の密書を王都に届けて欲しい」
「――了解」
西廻りということは、キールトはアイリーネが静養のために滞在していたフォルザという温泉保養地を通ることになるだろう。
思わずアイリーネの頬が緩んだが、隣に座るフィンの不審そうな視線に気がついて慌てて真顔を作った。
「それから、アイリ、フィン。お前たちは、もう片方の密書を持って東廻りの巡礼路から王都に向かって欲しい」
「は……?」
まとめて名前を呼ばれた二人は、息ぴったりに訝しげな声を上げた。
「お前たちには、夫婦になってもらう」
「はあ!?」
再び二人の発声が揃う。
「結婚の記念に巡礼の旅に出る夫婦は少なくないからな。男女で組むことによって、ごくありふれた巡礼者を演出できるってわけだ。セアナから来た新婚夫婦になりきって、仲良く旅してくれ」
「ちょっと待ってください……!」
アイリーネが大きな声で物言いをつけた。
「ふ、夫婦っていうのは、かなり無理があると思います!」
「無理?」
「そうですよ。こんな子供っぽい夫なんて……」
ちらっと横に視線を向けると、半年前より明らかに大人びたフィンの姿が目に映り、アイリーネは途中で口ごもった。
「まあ、少し前のフィンだったらさしずめアイリの弟ってとこだろうけど、今なら若い夫婦で充分通るだろ」
さらりと言う隊長に、今度はフィンが慌てて提案した。
「じゃっ、じゃあ、きょうだいって設定じゃダメなんすか? なんなら俺の方が兄貴でもいいし。夫婦ってのはちょっと……」
「そこ、こだわるところ?」
ヴリアンが不思議そうに口を挟んだ。
「なんで夫婦じゃダメなの? あくまで〝ふり〟であって、本当に結婚しろって言われてるわけじゃないんだからさあ」
「そ、そりゃそうだけど」
アイリーネとフィンの言葉がまたもや重なる。
「――僕も夫婦にしといた方がいいと思う」
キールトも冷静に意見しはじめた。
「独り身の若い姉弟だってことにすると、行く先々で結婚を世話してくれようとするお節介な人や、言い寄ってくる異性なんかが現れたり、素性を根掘り葉掘り探られたりして、面倒なことが多いんじゃないかな」
アイリーネたちが言葉を詰まらせているうちに、隊長があっさりとまとめた。
「じゃ、やっぱり夫婦ってことで。――次に、道中の連絡手段についてだが……」
アイリーネが深いため息をついたのと同時に、隣のフィンも憂鬱そうに大きく息を吐いた。
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