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ミカ
「お姉ちゃんはミカのことなんでも知ってるんだね!」
自慢げな笑顔で「私はなんでも知ってるんだから」と嘯いた。私が子どもの頃、そうやって言った人の真似をして。最後別れ際に受け取った、古びた封筒に入った手紙が今の私を動かしている。
「なんでも? なんでも知ってるの?」
背中に馴染み始めた赤いランドセルの肩ベルトをぎゅっと握ったミカは、純真無垢な瞳を私に向けた。「じゃあミカのこと何か当ててみて!」なんと答えればいいか少し迷って、思い出す。確か、
「今日席替えしてサッカーの上手なユウキくんの隣になった、とか?」
驚いたような顔をした後、ミカは嬉しそうに「大正解!」と拍手した。友人関係も徐々に広がってきて、学校が楽しくてしかたがないと思っているのがよくわかる。極めて順調。ミカの笑顔がそう伝えている。
そろそろ時間だから帰るね、とミカが手を振り、去っていった。ミカが駆け寄ってくるのも、手を振って去っていくのも既に日常の一部になっていた。ミカを見送った私は静かに砂の落ち切った砂時計をひっくり返した。
夏も終わったというのに肌を焼くような暑さは健在だ。去年買った秋物のワンピースを着る機会が、今年は何回あるだろうか。冷蔵庫から缶ビールを取り出して、そんなことを思いながら缶を開ける。プシュッと音を立てた缶から見事に泡が吹き出した。
指についた泡をなめて、鼻歌で今日テレビで流れていたCMのBGMを再現する。自動車のCMで、爽快感のあるアップテンポの洋楽だ。飼い猫のリリが合いの手を入れるように私の足元で鳴いた。
二十二歳、運命の分かれ道の年を今のところ順調に進んでいる。そのはずだ。
ミカと会うのは小学校の近くの公園の大木の裏と決まっている。大木の裏に着いて砂時計をひっくり返すと今日もミカが駆け寄ってきた。
「今日ね、運動会の練習の五十メートル走でミカ一位だったんだよ!」
「すごいね! おめでとう」
ミカは「玉入れの練習は今度の体育でやるんだって」と運動会の練習のことをたくさん話した。聞き役に徹しながら小学校の運動会を思い浮かべる。一年生の頃は赤組が優勝した。
私は白組だったからあんなに頑張ったのに、と悔しかったのを覚えている。中学の時は運動会の直前に自転車同士の事故に巻き込まれたことがあった。いい思い出もその記憶に塗り替えられたからか、運動会で思い出すのは小学校の頃の思い出が多い。
ミカの話がひと段落した時、ミカの後ろの垣根を猫が通り抜けて行った。灰色に近い白猫で、リリに似ている。もしかしたらリリの親だったりして、と想像して頬を緩めた。
「嬉しいこと、あったの?」
私の表情の変化を感じたミカは小首を傾げた。愛猫家は猫の話になると饒舌になる。特に飼い猫の話は。
「今後ろに猫がいたんだけど、その子が私の飼っている猫に似ていて可愛かったの」
言ってからいう予定のないことを言ってしまったことに気がついた。まずいなと焦っていることを隠しながら、どうにかして話を本筋に合わせようと頭を回転させる。
「猫?」
興味を持ってしまったミカに猫を忘れさせようとミカの声が聞こえなかったフリをして「ミカちゃんは運動会何組なの?」と元の話に合わせた。
素直にそれに答えるミカは再び運動会の話に熱を上げた。
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