Bloom 6 堰かれて募る恋の情……なんて言うけれど

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「こんにちは。諏訪社長に言われたものを取りに来ただけですから、お構いなく」 スーツ姿の篠原さんが、エプロン姿の私に繕ったような笑みを向け、迷うことなく書斎に入っていく。彼女はドアを開けたままデスクの上にあるUSBを手にすると、その片隅でばらけていた資料を軽く整えて置き直し、部屋から出てきた。 「あの、鍵は……」 「社長から合鍵を預かっています」 含みのある美しい微笑に、たじろいでしまう。すると、篠原さんの目に冷たい空気が宿り、これみよがしにため息が寄越された。 「いつまで居座るつもりですか?」 「え……」 「諏訪社長から、あなたのことはご友人だと伺っています。一時的に同居しているとも聞いていましたが、もう三ヶ月ほどになるんでしょう。社長は誰に対しても優しいですが、甘えるのも大概になさったらいかがですか?」 淡々とした声音には、怒りが滲んでいる。けれど、彼女の言い分はもっともで、返す言葉なんてひとつもなかった。 「エスユーイノベーションは大手企業からも周知されるようになったため、諏訪社長は今とてもお忙しいんです。あなたの前ではそんな素振りは見せないでしょうが、家にずっと他人がいる状況でくつろげると思いますか?」 厳しい口調が矢のように降り注ぎ、そのたびに胸を抉られる。ただ、どれも正論だからこそ、俯くことしかできなかった。
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