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(このままここで働きたいな。仕事はまだまだだけど、人間関係でも困るようなことはないし。でも、もしまた美容師に戻るなら、こうはいかないよね……)
ずるい考えが過った思考が、それでいいんじゃないか……と囁く。
ここで働き続ければ、常に諏訪くんの近くにいられる。人間関係でも、きっと不安や恐怖を感じることはない。もしそんなことがあれば、彼が助けてくれるだろう。
美容師という仕事に大きな未練はあるけれど、またあんな恐怖感を味わうのが怖い。
逃げ腰で卑怯な気持ちだとしても、この優しい場所にいたいと思い始めるようになっていることに気づいてしまった。
いくら恋は盲目とはいえども、今の環境に甘んじていてはいけない。わかっているし、こんな風に逃げ道を選ぼうとするなんて私らしくない。
美容師を辞めるか悩んでいたときには、もっと苦しい中で努力できていた。
それが今はどうだろう。甘く優しくされすぎたせいか、そこに寄りかかる癖がついている。
嫌というほどに理解し、これではいけないと思うのに……。どうしてもここから抜け出す勇気が持てない。
そんな後ろ向きな思考を抱えたまま終業時刻を迎える頃、鵜崎副社長が慌てた様子でやってきた。
「先日の『ムラノ工業』のシステムトラブル、児嶋くんが担当したよね?」
ひとりのエンジニアに問いかけた副社長の声で、周囲の空気が一気に強張った。
「は、はい。なにかありましたか?」
「この間と同じパターンで工場のシステムがダウンして、製造ラインが止まったらしいんだ。社長のところに、村野社長直々に『どうなってるんだ』って電話が入ってる」
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