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「あのね、志乃は――」
「私は三月までは美容師をしてたんだけど、色々あって求職活動中なの」
フォローを入れてくれようとした敦子を遮り、できるだけ明るく返す。
けれど、場の空気が強張った。
(しまった……。もっと他の言い方の方がよかったかな……)
「そうなんだ。うちの会社にも転職してきた人は何人もいるし、今どき珍しくもないよな。希望の就職先が見つかるといいな」
すると、程なくして諏訪くんが優しく微笑んだ。
なんでもないことのように言ってのけ、ごく普通に微笑む彼は、きっと本心からそう思っているんだろう。
空気はすでに和らぎ、みんな口々に「そうだよね」と相槌を打った。
「あ……ありがとう」
話題が切り替わったことにホッとし、諏訪くんを見てお礼を告げる。
「なにが?」
彼はワイングラスを片手に、斜め分けにした濡れ羽色の前髪から覗く瞳をふっと緩めた。
ビジネスショート風に切り揃えられた髪がふわりと揺れる。
笑うと意志の強そうな二重瞼の瞳が柔らかくなるのは、あの頃と変わっていない。
けれど、怜悧さを滲ませた眉と、作り物のようにスッと通った高い鼻梁、そして突き出た喉仏や血管が浮き出た手の甲から肘までは、当時よりもずっと男性らしい。
諏訪くんは、白いシャツに黒いジャケットというシンプルな服装なのに、ジャケットの袖を捲っているせいでいっそう前腕が際立っている。
見慣れない彼を直視すると、やっぱり戸惑ってしまう。
それを隠すように笑みを返し、目の前の敦子にどうでもいい話を振った。
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