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「どんな感じにしたい?」
「お任せで」
「えっ……」
困惑する私に、翔は「志乃の好きにしていいよ」なんて笑っている。どうやら、もう覚悟を決めるしかなさそうだった。
ビジネスショート風の彼の髪は今は少し伸びているものの、普段は短すぎず長いということもなく、爽やかで清潔感がある。前髪はいつも斜めに分け、綺麗な目元がしっかりと見えている。髪質は柔らかい方だから、あまり短くしない方がいいだろう。
髪を触りながらしっかりと確認していき、脳内でイメージを膨らませていく。美容師だった頃、何度も何度も繰り返してきたことだ。
ハサミを持った右手がわずかに震える気がして息を吐けば、鏡越しに翔と目が合った。私を見つめていた彼は、柔和な表情をしている。
その瞬間、背中を押された気がして、毛先に入れたハサミの刃を下ろした。
シャキンッ……と小気味のいい音が鳴り、濡れ羽色の髪が一センチ分ほど落ちていく。刹那、心と体がビリビリと震えた。
この感覚は知っている。
小さな不安の中で悩んで、けれどお客様の反応を想像してはワクワクして、楽しさとプレッシャーに全力で向き合っていたときと同じものだ。
それからは無我夢中でハサミを動かし、上下左右様々な角度から何度も翔の顔と髪を確認しながら作業を続け、自分の中にあるイメージに近づけていく。
緊張感でドキドキして、それ以上に胸が弾んで。悩んで、迷って、それでも自分を信じて進めた。
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