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「……どうかな?」
私の部屋から持ってきていた全身鏡を翔の背後に配置して尋ねたとき、どれくらいの時間が経っていたのかはわからない。
ただ、鏡に見入る彼の面持ちが満悦しているのは、答えを聞かなくてもわかった。
長さは普段と同じくらい。けれど、サイドをわずかに長めに残して、前髪は左右はもちろん、センター分けにもできる。今日は髪を洗って綺麗に乾かしたあと、ひとまずセンター分けにしてワックスをつけている。
「うん、すごくいい。俺、この髪型好きだ」
お世辞じゃないとわかる声音が、私の心を満たしてくれる。
「よかった」
「夢がひとつ叶った。ありがとう」
安堵と喜びが混じった笑みを零せば、翔がおもむろに立ち上がった。
「志乃」
私の両手を取った彼が、自身の両手で優しく包み込んでくる。
「俺は志乃の手が好きだ。志乃が努力してきた日々は知らないけど、再会したときの志乃の手はすごく荒れてて、美容師の仕事を頑張ってた手だって思った」
今はもう治ったけれど、確かにあの頃の私の手はとても荒れていて、ハンドクリームを毎日塗っていてもなかなか綺麗にはならなかった。
「この手がまた荒れても、俺は今と同じように好きだと感じると思う。真剣に髪を切る志乃はかっこよかったし、恋人の欲目なんて必要ないほど惚れ惚れした」
手から伝わる翔の体温が涙を誘う。泣きたくなんてないのに、あっという間に視界が滲んでいった。
「志乃なら絶対に大丈夫だ。ちゃんと自分が決めた道を歩いていけるよ」
十八歳の私が背中を押されたように、二十七歳の私が前に進む勇気をくれる。
私の初恋を捧げた彼は、あの頃と変わらない真っ直ぐさを携えた双眸で私を見つめていた――。
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