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「うん、してたよ。この人と結婚したときに自分の店は畳んだけど……もしかして、うちに来てくれたことがあった?」
「はい。まだ高校生だったんですけど、お姉さん……えっと、夏さんがお店を出された頃から三年ほど通っていたんです。サマームーンはうちの近所で……」
「香月……って、もしかして志乃ちゃん⁉」
記憶をたどるように眉を寄せた夏さんが、程なくして声を上げる。覚えてくれていたことへの驚きと喜びで、冷静さを欠くほどの興奮が込み上げてきた。
「はいっ!」
「うわぁ、懐かしい! すっかり綺麗になったね。それに、あの頃より明るい雰囲気になってる! 当時は高校生だったとはいえ、見違えちゃった」
憧れの人にそんな風に言ってもらえると、面映ゆくなる。
「ずっとうちに通ってくれてたよね。上京するって言ってたけど、美容師になったんだね。おめでとう!」
「ありがとうございます。でも、一年くらいブランクがあるんですけど……」
「そんなの、いくらでも取り返せるよ! 自分の腕さえ磨けば、どこでだってやっていけるのがこの仕事なんだもの! これからまた頑張ればいいんだよ!」
胸が熱くなる。伝えたいことはたくさんあるのに、感動で泣いてしまいそうだ。
ただひとつ、確かなことは〝ここで働かない理由が見つからない〟ということ。
帰ったら、家で待っている翔に話したいことがたくさんある。彼がアドバイスをくれなければ、私はきっと別の選択肢を取っていた。
たくさんの感謝を伝えようと決めたとき、もう自分の中に迷いはなかった――。
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