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「きちんと努力して、自分の足で立とうとする人だった。社長から『あいつは努力できる奴だ』って聞かされたときは信じられなかったけど、今のあなたを見ているとそれがとてもよくわかる。……社長があなたを選んだ理由もね」
目を見開いた私の中に、考えることを避けていた不安が過る。
「あの……篠原さんと社長って……」
それを確かめたくて口を開けば、吹っ切れたような笑顔を向けられた。
「安心して。私はもう随分前に振られているの。あなたがうちに来たときはまだ未練があったけど、それももうないわ。だって、高校時代の初恋相手をずっと想っている人の心に入り込む隙なんてないもの」
翔と篠原さんが、どんな話をしていたのかはわからない。
けれど、第三者から彼の想いを聞かされたことが気恥ずかしくて、一瞬で頬に熱が集中した。
「以前の職場でのことも少しだけ聞いたわ」
そんな私に構わず、今度は神妙な声が落とされた。彼女の表情はどこか硬く、それでいて真っ直ぐだった。
「卑怯な人たちなんかのために、自分の意志を曲げてはダメよ」
どう答えればいいのかわからなくて、ただ大きく頷く。篠原さんは柔らかく微笑み、次いで眉を寄せた。
「社長の家で会ったとき、ひどいことを言ってごめんなさい」
「いいえ。おかげで背中を押してもらえました」
素直な謝罪を受け入れると、彼女は「ありがとう」と瞳を緩めた――。
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