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「俺、香月の料理が気に入ったんだ。料理だけは外注してないし、自炊も滅多にしないから、香月が作ってくれると助かる。もちろん、香月の無理のない範囲でいいから」
それだけしかさせてもらえないのなら、毎日三食きっちり作ったってちっとも足りない。お礼になる気がしなかった。
「他にできることはない?」
「そうだな……。香月にしてほしいことは、あると言えばある。でも、今はまだそのタイミングじゃないから、本当に気にしなくていいよ」
「タイミング?」
「……まぁ色々とね」
ふっと笑った諏訪くんの表情には、なぜか自嘲が混じっている気がした。気のせいだと思うけれど、なんだか悩ましげに見えたのだ。
「じゃあ、できるだけ早く家を見つけて、出ていけるようにするね」
「は……?」
私が決意表明のごとく真剣に告げると、彼が意表を突かれたような顔をした。
なにかまずいことを言っただろうか……と頭の片隅に過り、諏訪くんから視線を逸らしてしまいそうになる。数瞬して、彼が息を吐いた。
「うーん……香月、やっぱりひとつ条件を出してもいい?」
心の内を探るような双眸に、たじろぎそうになる。いささか不安を覚えたけれど、諏訪くんなら無理難題を突き付けるようなことはないと思い直し、小さく頷いた。
「香月が仕事に慣れるまではここにいてくれないか?」
理由がわからない条件に、小首を傾げる。彼にしてみれば私が早く出ていった方がいいはずなのに、そうじゃないのだろうか。
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