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「とりあえず、今月は忙しさもマシだろうから、あんまり肩肘張らずに仕事を覚えていってよ。木野さんに質問しにくいことは俺に訊いてくれて構わないし、俺の目が届く範囲では男性社員はできるだけ近づけないようにするから」
「ううん、そこまでしてもらうわけにはいかないよ。確かに男の人は怖いけど、みんながみんなそうじゃないし、諏訪くんみたいに優しい人もいるってわかってるから。それに、ずっと諏訪くんを頼ってばかりでいるわけにもいかないし……」
諏訪くんの態度は、友人を通り越して家族のようだ。とても心配してくれ、気にかけてくれる優しさには感謝しつつも、男性が苦手だからという理由で彼に守ってもらってばかりでいるわけにはいかない。
いつになるかはわからないけれど、いずれは美容師に戻りたい気持ちはあるし、そうなると諏訪くんがいない場所で頑張らなければいけない。
すぐに助けてくれる彼に甘え続けていると、本当にひとりで立てなくなってしまう気がした。
(でも、諏訪くんがいない場所って考えると……)
確かめるように心の中で呟きながら、胸の奥底に芽生えた小さな違和感が気のせいじゃないことを確信する。
上手く言葉にできないけれど、不安や恐怖心とは違う感情が燻ぶるようで、モヤモヤとしたものが渦巻いていく気がした。
「そんな寂しいこと言うなよ」
ふと気づくと、私を見ている諏訪くんが神妙な面持ちになっていた。その表情をどう捉えていいのかわからずにいると、彼は小さく笑って立ち上がった。
「ごちそうさま。俺、ちょっと仕事するから先に風呂使っていいよ」
「あ、うん……。ありがとう」
諏訪くんが話を掘り下げる気がないのは明白で、素直に頷くことしかできない。彼は笑顔を残し、自室にこもってしまった――。
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