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篠原さん自身、社員とはあまり親しく関わる人じゃないようで、諏訪くんがひとりで外出しているときには重役室から一切出てこないこともあった。
この半月で社員全員と会話はしたけれど、男性社員と接するときも緊張はするものの、彼女と話すときが一番身構えてしまうかもしれない。
「こちらが正式な社員証です」
ミーティングルームに入るや否や、篠原さんが社員証を私に見せた。
「あ、はい。ありがとうございます」
首からかけている仮の社員証を外す。それを差し出せば、彼女は「確かに受け取りました」と言い、真新しい社員証と交換した。
「社員証の裏に記載してあるIDは、今後あなたが重要書類などを確認する際やパソコンを立ち上げるときに必要になりますので、暗記しておいてください」
「わかりました」
「承知しました、です」
「す、すみません……!」
「うちは従業員が少ない分、役職も担当も関係なく全員が来客の対応をします。言葉遣いには気をつけてください」
「はい……。すみません」
「謝罪は『申し訳ありません』です」
厳しい表情を前にたじろぐ。すると、篠原さんがため息をついた。
「前職では接客業に従事していたのでしょう。即戦力になるとは思っていませんが、せめて言葉遣いくらいはご自身でどうにかしてください」
注意されているだけなのはわかっている。ただ、美容師時代のことが脳裏に過って、まるで脊椎反射のように委縮してしまう。
「それから、諏訪社長はとてもお忙しい方です。たとえあなたが諏訪社長のご友人であっても、社長の手を煩わせることだけはないようにしてください」
彼女の冷ややかな視線が、私を歓迎していないことを語っている。コネ入社をさせてもらった私が気に入らないのだと、すぐにわかった。
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