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三十秒がこんなにも長いと思ったことなんて記憶の中ではない。それなのに、この状況下で意識してしまうと、異様に長く感じた。
あと何秒かわからなくて、いずれやってくる終わりを大人しく待つことしかできない。息を止めないように意識すると、余計に緊張が大きくなった。
「はい、終わり」
ところが、程なくしてあっさりと手を離されれば、急に心にぽっかりとしたものが芽生え、なんとも言えない気持ちに襲われた。
安堵感じゃない。けれど、この感覚がなにを意味するのか理解できない。
「大丈夫だった?」
頬と右手に感じていた温もりが遠のいたせいか。それとも、笑顔を見せる諏訪くんの平素の態度に、あくまでリハビリの一環だったことを自覚させられたせいか……。
もしくは、もっと他の理由だったのかもしれない。
明確な答えが出ない中、ひとまず彼に心配をかけないように首を縦に振った。
「抵抗感とか嫌悪感とかあった? 俺のことは気にせず、正直に答えて」
「そういうのはなかった……と思う。でも……」
どう説明すればいいのか、と言葉に詰まる。すると、諏訪くんが「でも?」と私をじっと見つめてきた。
彼の真っ直ぐな双眸にたじろぎ、緊張のせいか胸がきゅうっと苦しくなる。
「えっと……上手く言えないんだけど……」
「上手く言う必要なんてない。俺は香月の正直な気持ちが知りたいだけだから」
諏訪くんの声はいつも優しい。だから、私は彼の前だけでは臆せずにいられるのかもしれない。
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