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「ありがとう」
「お礼なんかいらないよ。俺のためでもあるからね」
そうだよね、と同意を込めて頷く。私が業務をこなせるようになれば少しでも役に立てるはずだし、なによりもここを出ていく日が近づく。
(でも、そうなるともう……こんな風に一緒にアイスを食べたりできないんだよね)
ふと想像した未来に寂しさを覚えて、慌てて甘ったれた心を叱責する。気をつけなければ、ダメ人間になるまでにもう片足以上突っ込んでいそうだ。
「とりあえず、明日から毎晩五分くらい頑張ってみようか。ステップアップは、香月の様子を見つつ進めていこう」
「お世話をおかけします」
諏訪くんはふっと眉を下げて微笑むと、「香月は騙されやすそうなタイプだな」なんてごち、ソファから立ち上がった。
そのまま後ろに回った彼が、私の傍を横切るときに頭をポンと撫でた。
「おやすみ、香月」
「……っ!」
柔和な甘さを孕んだ声音に、優しい手つき。諏訪くんにとってはなんでもないようなことでも、私の心臓を取り乱させるには充分だった。
「あっ……! おやすみ、なさい……」
忘れかけていた熱が蘇ってくる。触れられたばかりの頭がじんじんと痺れるようで、呼吸が上手くできなくなりそうだった。
「なに、これ……」
知らない感覚に戸惑い、味わったことのない温もりが記憶にこびりつく。
騒ぎ始めた鼓動は、しばらく落ち着くことはなかった――。
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