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感覚
父賢三の入所している施設から信子に連絡が入る。
賢三が転倒して頭をぶつけたらしい。
もう何度も賢三は転倒している。
その度に施設の職員は電話越しに謝罪してくる。
もう縛り付けていいですよ、というのが信子の心境だが
身体拘束が認められているのは病院だけらしい。
一応、介護施設も出来るらしいのだが
病院とは違ってペナルティがあるらしく実質出来ないも同然らしい。
賢三は日に日に足腰も弱り、転倒するリスクは高まる一方なのだそうだ。
しかし認知症になった賢三にはその自覚が無い。
己の能力も顧みず立ち上がり、そしてまた転倒する。
最近は食事も出来なくなってきていて職員が食べさせていると聞いた。
「失認」というらしい。
アルツハイマー型認知症とは改めて恐ろしいものだ、まさか「食べる」という
生物が本能として備わっている能力も消去させてしまうらしい。
賢三は手は動くから箸もスプーンも使えるし、口の中にさえ物が入れば飲み込める。
しかし「食べる」事そのものを忘れてしまい、「食べ物を口に運ぶ」という
動作が出来ない、空腹は食事を摂取する事で解消される事が分からない。
お米をスプーンですくって賢三の口元まで運んでも
賢三からすれば「訳の分からない物」を「誰かも分からない者が自分の口の中に何かを押し込もうとする」という認識となり、口をつぐむ。
それでも何とか少しは食べてもらうのだが、充分な摂取量を確保できず
賢三は痩せ続けている。
その事を信子は職員から説明を受けた時、最初は驚いたが
まあそれもまた自然の摂理ではないかと解釈した。
自分の事も家族の事も、そして食べる事も忘れた一人の人間。
「どんな人間にも価値はある」とか「人は生きているだけで素晴らしい」とか
賢三にも当てはまるのだろうか。
いゃ、不倫で他人の家庭脅かしてる奴が何言ってんだ、と信子は考えるのを止めた。
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