彼氏気取り

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彼氏気取り

最初は藁にもすがる思いで、その男に話していた。 しかし進という、この信子の元彼氏は私にとても親身になって話を聞いてくれる。私はこの男によくない事をしたはずなのに、この男は私の為にと真剣に動いてくれる。 進というその男は私にショートステイを提案した。 なるほど、施設に泊まるなんて気が進まなかったが、たまになら良い。 空調は聞いているし、コールボタン一つで何回でもトイレに行けるから安心して眠れる。 食事は薄味でそんなに美味しくないが、贅沢を言わなければ食べられる。 周りは私以上にボケた人たちばかりで、最初は何かされるのではないかと 怖かったが、別にいきなり襲い掛かってくるわけでは無いし 意味の分からない事を言ってきても放っておけば勝手に立ち去る。 それでも施設での生活はどこか落ち着かないが、ちょうどそんな感覚に なったところで家に帰る。 ああ、やっぱり家はいいものだと思ってはいても、今度はいつもそばにいる 信子が鬱陶しい、中年の娘がただ飲んだくれて恥ずかしい。 そうやって苛苛してくるあたりでまた施設に少し泊まる。 しばらくはそんなサイクルが続くのかなと思っていたが どうも雲行きが怪しくなってきた。 最近、この男が私を見つめる瞳に濁りを感じる。 言葉の一つ一つに温もりを感じない、野心めいてトゲが有る。 「もっとショートステイの利用を増やしませんか」 その言葉を聞いた時、今までの親切さとは真逆の 「邪魔だなこの人」という心の声が聞こえた気がした。 そういう事か、お前らはそういう事なのか。 ならば私はもうどこにも行かない。 足腰が衰えようと無為な一日ばかりでボケようとも お前らの思い通りになる事は受け入れられない。 「和代さん、どうかしたのですか?ショートステイ中に何かありましたか?」 この男はまた猫撫で声みたいに私に声をかける。 (何かあったのはお前らだろうが)と心で呟く。 「せっかく、ショートステイ利用する事で調子よくなってきてたのにもったいないですよ」 (ああ、だからこれからもそうしようと思ったのにお前らのせいでもうどこにの行きたくなくなったのだよ) 進は和代の本心が分からない、社会福祉士としてベストな対応をしていると思っているから突然の和代の変わりようが理解できない。 和代は進を家に上げる事すら拒絶する様になった。 進もまた信子の介護問題には役立たずの存在になってしまった。 それでも進は信子との関係は続けたい。 もう家で会う事は出来ないから、これからは外で会うしかないが。 「信子さん、今度は外で会おうか」 「何の為に?」 進の表情は「まさに鳩が豆鉄砲を食ったよう」だった。
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