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バトル延長戦
和代と信子の母娘関係は生きながらにして破綻した。
しかしそれは信子にとって深刻な問題では無かった。
一人きりになった家で仕事の後は飲みながらただテレビを観て過ごす。
いつも静寂が嫌で付けていただけのテレビ番組だったが
なぜだろう、今は面白い。
ありきたりなタレント、よく見る有名人がベタな事をしているだけの
新鮮味が無い番組に心から笑っている。
数カ月前にアパートで独り暮らしをしていた時の状態に戻っただけ。
だけど今はこの無為な時間のありがたみが分かる。
もう、「このままでいいなんて」おこがましい。
どうか「このままでいさせて下さい」という気持ちで
日々を送っていた。
そんなある晩、信子のスマホが鳴る・・・
見覚えのない番号は和代の成年後見人からだった。
和代は施設に入る為に身元保証人が必要であったが
虐待を認定された信子は身元保証人にはなれない。
こういった場合、包括(市)や施設の職員が成年後見人を手配する場合がある。
成年後見人は信子に挨拶をすますと、和代の事について説明を始めた。
要約すると
①母、和代の意思決定に一切関りが持てない。
②母、和代の資産等に一切の関りが持てない。
③母、和代に直接交渉、面会などを行う事は出来ない。
という3点。
「改めて聞かされなくても分かっています」
信子は淡々とした口調で返答する。
和代の成年後見人は話を続ける。
「そうですか、では信子様はいつそちらの家を出られるのでしょうか」
「え?」
「そちらの家屋の名義は母佐々木和代様のものとなっております。和代様はその家を処分され、夫の賢三様と和代様本人の施設の費用に充てるそうです」
家の名義は父賢三だとばかり思っていた。
この家で少なくとも雨風が凌げる生活は一生保障されると
思っていたのに・・・
「あの、名義は母なんですか」
「はい、賢三様の強い希望だったそうです」
父らしいと言えば父らしい、しかし余計な事をしてくれた。
もう認知症の父に今更何もする事は出来ないし、母とは接近出来ない処分が
下っている。
「先ほどお話した通り、貴方は和代様の資産の一切に関わることは出来ませんのでそちらに住まわれている現段階で既に違反の状態なんです」
観念するしかない、逆らう口実が全く見つからない。
渋って、国や裁判所を怒らせてもいい事は一つもない。
「分かりました、部屋探しをする時間だけ下さい。すぐに見つけますから」
「承知しました、今月中にまた確認の為お電話させていただきます」
成年後見人の電話は切れた。
確かに母との関係は終わった、それでも何かが残っている、そんな気分だった。それは生まれ育ったこの家にいたからだろう。
でも、その家も無くなる。もう私の中の母は死んだのだ。
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