ワインはほどほどに

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ワインはほどほどに

目的だけを成し遂げたら、ハイサヨウナラとはいかない。 目の前には、鈴木悦男の保証人サインが入ったアパート賃貸借契約書が ある。 これを鞄に突っ込んで帰ればいい。 しかし、気にしすぎな信子はそうはいかない。 さすがにサインだけさせて、また会社では無視したり冷遇したりすれば 鈴木悦男は社内で信子の事を誰かに話すだろう。 それで居心地が悪くなってしまっては仕事を続けられなくなる。 アフターフォローをぬかってはいけない。 それなりに会話を交えながら食事を交わし、食後のワインを傾ける。 相変わらず鈴木悦男の話はつまらなかったが、信子は笑顔で 時々相槌を打ちながら、右から左と受け流していた。 信子にとってさぞかし退屈な時間かと言えばそうではない。 ワインが美味い。 鈴木悦男の話はBGM程度で、信子はワインと向き合っている。 もう一杯、もう一杯とワインのお代わりを続ける。 何とか意識を保ってはいたが、正常な思考は不可能な程に 信子は酔ってしまった。 一応、信子がお礼をするという名目で今夜の食事は行われたはずだが 会計は悦男が済ませて店を出た。 時々、悦男の肩を借りなければ歩けないほどに信子は酔っている。 悦男の中に邪な感情が芽生える。 このままホテルに連れ込んで行為に及んだとしても 酒の勢いという事に出来ないだろうか。 今日の食事に誘われたのも、僕を連帯保証人にするのが 目的だった。 明日からまた、距離を取られてしまう。 どのみち信子さんは僕と付き合う気は無い。 ならば一度だけでも・・・ いや!そんな事をしては男として最低だ、信子さんに完全に嫌われるぞ。 そうだ、止めておこう。 タクシーで家まで送って行こう。 嫌われたからどうだというのだ! 分かってるだろう? お前にはワンチャンも無いぞ。 どのみち先は知れている、今晩やるかやらないかだ! 何を考えているんだ、そもそも犯罪じゃないのか。 明日からお前は安心して眠れないぞ。 一生を棒に振るつもりか? さっさと信子さんを送り届ける為にタクシー乗り場に向かうんだ。 そんな天使と悪魔の戦いは天使が勝利する。 そうだよな、そんな事は許されない。 そうだよな、そうだよね。 悦男のその思考はある意味嘘ではない。 だけどここはホテルだし、全ての行為は終わっていて 悦男は欲望を信子の中に吐き出していた。 もう先に楽しみが持てない人生、ここで一生分の欲望を満たすんだ。 その欲望と衝動の前では、天使と悪魔の戦いなんて全く意味を為さなかった。
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