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マウント
悦男の部屋の前で対峙する二人。
悦男は凍り付いて動けない。
信子も微笑んだまま一言も発せずただ立っている。
沈黙の間が続く。
「あの・・・」
ようやく悦男が沈黙を破る。
「とりあえず中で話しませんか」
「あら、二人きりになったら何されるか分かったものでは無いからここがいいです」
笑顔のまま返答する。
悦男はまた凍り付く、言葉が出て来ないし体も動かない。
沈黙の空間に息が詰まりそうだ。
逆に信子は楽しんでいる様子。
信子の目的はシンプル、悦男と関係があった事を誰にも知られたくない。
同意無き行為とはいえ、せこい目的で悦男を食事に誘ったのは
信子の方だし、勝手に酔いつぶれたのも信子だ。
正当な手段で悦男を裁くのは、ひどく時間と労力が掛かる。
それにその過程で色んな人に、あの夜の事を知られてしまう。
今日、ここで、この問題は解決したかった。
それできっちりお返しもしたい、というのが信子の今の気持ち。
「せめて場所を変えませんか」
「嫌です、ここで話しましょう」
また沈黙の間が訪れる。が、今度は信子がすぐに話し出す。
「今日、これから警察に行って被害届を出します」
「・・・っつ・・・は・・・・・」
悦男は何かを言いたかったが言葉にならない。
「貴方を許す事は出来ません、もう社内でも信頼のおける上司に相談しています。私はプライバシーを保護されながら貴方のした事だけが会社や世の中に、知られていくと思います」
「ん・・・っ・・は・・・っ・・・・」
悦男は声は出せないままだがその場で土下座した。
うずくまって、ただただ震えている。
「無駄です、もう動き出しているんです。さようなら」
信子は立ち去った、悦男は土下座したままその場から動かなかった。
ここまで脅せばあの反応からいって悦男は二度と会社に来ないだろう。
私のこれからの余生、ただ平凡に穏やかに暮らしたい希望を
阻害する要因は取り除きたい。
中途半端に追い込んで「償いたい」なんて来られたら余計迷惑だ。
消えてくれたらそれでいい。
私の過ちも不安も全部、二度と開かない箱の中に入れて
永遠に誰にも知られたくない。
最初は悦男がどんなリアクションを取るのか分からなかった。
信子との関係を軽く見たり、言い訳したり、開き直ったりされたら
どうしようか全く考えられなかっただろう。
だけど一目見て分かった、「怯えている」と。
追い込んで、仕返しが出来ると確信した。
実際その通りになった。
今頃、不安におびえて震えているだろう。それでいい。
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