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ドラマはドラマ
晴れやかな気分は朝の訪問で台無しにされたが
信子は通常運転で業務に励んでいた。
そこに昨日、鈴木宅に訪問を依頼した社員が信子の元にやって来た。
「佐々木さん、佐々木さん」
「はい」
「昨日、鈴木さんの所に行ってくれたんだね。ありがとう」
「いえ」
「昨日、上から鈴木さんが正式に退職したと通知が来たよ。彼何で来なくなったの?」
「いえ、実はそんなにちゃんと話してないんです。」
「そうなの?」
「はい、鈴木さんは私と話した後何かあったのですか」
「いや、僕も分からないよ」
会社の人間も悦男の事は知らない、上の方は何か知ってそうだが
元同僚にも秘密にしている事を一介の事務職員に話さないだろう。
退社後に悦男の部屋を訪ねたが、鍵がかかったまま悦男は出てこなかった。
次の日には表札は無くなっていて空き部屋になっていた。
悦男は消えた。信子の願った通りになった。
そうか、失踪したから警察は私の元に聞き込みにきたのか、なるほど。
と、しばらく納得していたが。信子はふと鈴木悦男のセリフを思い出した。
(僕、身寄りはもう母親だけなんだよね)
そうだ、悦男の身寄りは母親だけでしかも高齢者施設に入所している。
悦男の母は状況を知る方法が無い、他に悦男が失踪してもこんなに早く
気づく人間がいるだろうか?
会社の人間も知らない、友人くらいいたかも知れないが一晩いないだけで
失踪と騒ぐだろうか?
この引っ掛かりは解決しないと気になって仕方が無い。
週末ー
信子はある不動産屋を訪ねた。
昔、他人から聞いた方法を使う、それは悦男の住んでいた部屋を何も知らないフリをして「借りたい」と言う事だ。
不動産会社は事故物件の通知義務が有る。悦男は警察が動くような何かを起こした事は間違いない、ならば悦男の部屋は事故物件になっている可能性がある。
対応した社員は
「そんな部屋は貸し出しのリストにないのですが、どうしてそのお部屋を?」
「たまたま通りかかった時にフィーリングでいいなって思ったんです、空き部屋になっているのに借りれないのですか」
「調べてみます」
そういって席を立った社員は戻ってくると
「今は貸し出せないみたいです」
と返答し理由も教えてはくれなかった、というより知らない感じだった。
ドラマの様に素人探偵が知恵を絞ってもそうは上手くいかない。
信子は西代署に向かった。
あの時の刑事、島田と中西に会いに行った。
ちょうど島田(女性の方)が署内にて、信子の希望通り面会に
応じてくれた。
信子は悦男がマンションにいない事、不動産屋に聞いても分からなかった事も
島田に伝えた。
島田は考え込む様子で黙り込んでいる。
話そうか話すまいか悩んでいる様子だ。
信子はさらに問い詰めた。
「私、悦男さんとは良い関係では無かったですが、彼の母親の面倒を頼まれてるんです。彼のお母さん、高齢者施設にいるんですよ」
島田は少し溜息をついて
「そうですね、解決済みですし別に黙っておく必要はないのですが、今のご時世、一般人にあまりベラベラと話すと問題にする人もいるので、黙っていたのですが」
島田は話し始めた。
「彼、貴方が尋ねたその日の夜に亡くなったのです」
信子はノーリアクションだった、大きな声を上げて驚いたり絶句している訳でも無く能面の様に反応が無い。
しかし島田は特に気にする事も無く、信子が我に返るのを待って
また話し始めた。死の知らせを聞いたときの一般的なリアクションとは
そんなものらしい。
「夜に通報が有って『今から死ぬから死体回収に来て欲しい』と。首を吊って丁寧にその下にはブルーシートが敷いてありました。あと貯金は全部、施設の母に送って欲しいと遺書もありました。ただ、捜査していると貴方が、鈴木さんの家を訪ねた事が分かったので、一応、自殺と確定するまでは貴方には何も話す事は出来なかったんですよ」
長い沈黙の後、信子は口を開く。
「他には、私に関する事は?」
「特に何も」
「そうですか」
「私のせいですか」
「分かりません、貴方が直接手を出したり自殺を強要した証拠があるなら話は別ですが、鈴木さんの部屋からは何も出てきませんでした」
「私の部屋は調べないのですか」
「仮にそんなものが有ったとしても、もうとっくに処分されているでしょう」
「色々と教えていただいてありがとうございました」
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