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「ならこれを飲んだら行こう」
そう言ってオレはスマホでホテルの部屋を取ると、コーヒーを飲んだ。
そんなオレを見て朝倉さんもカップに口をつける。向こうはストレートの紅茶だ。それを飲み干したのを確認して、オレは伝票を持って立ち上がった。
割り勘を申し出た朝倉さんをやんわりと断り、オレはカードで支払いを済ますと車を停めてあるパーキングへ向かった。
今日は車で来ているのだ。
初対面から密室はどうかと思っていたので待ち合わせ場所から少し離れた場所に停め、そこから歩いてきたのだけど、このあとがっつり密室に入るのだから車だろうと関係ないだろう。
オレは助手席のドアを開けて彼を促すと、自分も運転席に座った。
「オレの贔屓にしているホテルでいいか?」
車を出しながらそう言うと、僅かに香りが揺れる。
「・・・もうするんですか?」
動揺している?
さすがに性急しすぎたか。
「いや、嫌ならまた後日にしよう」
送って行くよ、というオレに言葉に朝倉さんは首を横に振る。
「いえ、大丈夫です。まだ日が高かったので驚いただけです」
それだけとも思えないけど、そう言うのなら。
オレはそのままホテルに向かった。
少し緊張した面持ちの朝倉さんは、チェックインを済まして部屋に入る頃には、そうと分かるほど緊張していた。
今までの余裕はどこへ行ったのだろう・・・。
そう思っても、オレは入ってそうそう彼を抱きしめ、キスをしようと顔を近づける。すると朝倉さんは目をぎゅっと瞑って身を硬くした。
もしかして・・・いやまさか、38だぞ。
腕の中で僅かに震える身体とぎゅっと瞑った瞳。
それでも唇を合わせ、たどたどしく開いたそこに舌を入れると、身体がビクンと跳ねた。
もしかして、が確信に変わる。
オレは唇を離して、彼の頬をそっと触れた。
「・・・初めて?」
その言葉にぱっと目を開けて唇を結ぶ姿に、不覚にもどきりとする。
頬を染め、目をうるませたその表情はオレの心を捉えた。
彼の香り・・・。
香りにはこれから始まることへの恐れを含んでいる。しかし、その中に潜むほんの少しの艶やかさにオレは気づいていた。
その気にはなってるんだな・・・。
「初めてなら初めてと言わないと、痛い思いをするのはあなただ」
初めての相手にはそれなりに気を使わなければならない。慣れていると思って進めると、かなりの痛みを与えてしまう。
朝倉さんはオレの言葉にさらに頬を染め、視線を下に逸らして小さく頷いた。この、先程までの落ち着いた妖艶美人が、まるで初心な高校生のように緊張する姿に、オレは多分完全に落ちたのだろう。
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