ほたるのうんめい

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「蛍一の『けい』は『(ほたる)』だろう?オレの知り合いに、もう一人(ほたる)がいるんだ」 オレは蛍一に(けい)のことを話した。といっても、長年片思いをしていたことと、それに見込みがないからとその思いを諦め、一人で子供を生んで育てようとしたことを話した。 「好きな人の子供はもう無理だけど、どうしても子供は生みたい。だからオレに子種をくれと言うんだ」 蛍一はオレの言葉に驚いたように顔を上げる。 「その子は一人の相手を一途に思い続けていたけど性に関しては奔放な子でね、思いがなくても誰かとベッドを共にすることをいけないことだとは思っていなかった。むしろお互いフリーなら、本能が求めるままに身体を繋げることは自然なことだと考えていたんだ」 この年まで経験がなかった蛍一には考えられないことなのだろう。しきりに瞬きを繰り返している。 「それでも思いが真剣だったことを知っていたから、『見切りをつけた』と聞いた時は正直驚いたよ。でも、あの子の中できっとそう思う何かがあって、思いに『見切りをつけなくてはならなかった』んだと思った」 蛍と蛍一は全くの対極に位置している。けれどオレには、子種を欲しいと言った蛍と婚姻届をオレの前に置いた蛍一が同じなのではないかと思えるのだ。 「君もそうなんじゃないのか?この年まで身を守って来た君が、その身を差し出してまで結婚したがるのは、何かに『見切りをつけなくてはならなくなった』からじゃないのか?」 その言葉に蛍一は顔を僅かに強ばらせた。 「あの子は結局、オレが焼いたお節介のおかげで思いが叶い、今はその人と番になって幸せに暮らしているよ。君にもお節介を焼かせてくれないか?」 まだ少しでも望みがあるのなら、オレがその背中を押してやりたい。 「婚姻届は君が持っていて構わない。何も今すぐに出す必要はないからね。だからもう一度よく考えてごらん。ダメでもともと、最後に相手に飛び込んでおいで。それでダメだったら、届を出せばいい」 辛い思いに耐えられなくなったからといって、諦めなくてもいい。 飛び続けることに疲れたらオレのところで羽を休め、再び飛び立って行けばいいんだ。もしそれでもダメだったら、戻ってくればいい。オレは変わらずここにいるから。 あの子は飛び立った。そしてちゃんと愛する人と番になれた。君も少し休んだら飛び立ってごらん。 だけど蛍一は首を横に振った。 「もう飛び込みました」 そう言って蛍一は顔をぎゅっとオレの胸に押し当てた。
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