ほたるのうんめい

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だから蛍一はメッセージを送った。それはたわいもないあいさつ。いくら彼の番号とはいえ、それは会社から支給されている携帯だ。どんなに恋焦がれていても、そこに私的なメッセージを送る訳にはいかない。 しかしあんなことを言ってきた彼が返事をくれる訳もなく、迷惑にならないギリギリの数のメッセージを蛍一は毎日送り続けた。 返事が来なくても、気持ちを伝えられなくても、毎日送るメッセージに既読がつくだけでよかった。けれどある時、見知らぬ番号から電話がかかってきた。 「彼の番号だと直感しました。だからすぐに出たんです。でも相手はなにも言わず、けれど切る事もしない。それでもわずかに聞こえる息づかいでそこに誰かがいることは分かりました」 そして信じられないことに、電話越しでフェロモンを感じるはずがないというのに、蛍一は発情した。 電話を耳に当て、相手の息づかいを聞きながら自らを慰め始めた蛍一は、電話の向こうの息遣いもまた荒くなっていることに気づく。そして確かにその時だけは心が深く繋がったのを確信したという。 なのに電話はそれきりかかってこなかった。蛍一の方からかけても出ない。会社の携帯にメッセージを送っても既読はつかなくなった。 全く彼と繋がることが出来なくなった蛍一は、思い余って彼の会社に行ってしまう。けれどそこで会った彼は・・・。 「もう僕も彼も発情しなかったんです」 寂しそうに言う蛍一の目にうっすらと涙が浮かぶ。 運命の番に出会ってしまったら、番うまで発情は治まらない。けれど、番うのは何も運命の相手でなくてもいいのだ。 彼は蛍一ではなく、結婚を決めた恋人と番ったのだ。それによって蛍一との運命は切れ、二人はなんの繋がりもない赤の他人になった。 「考えてみれば僕達が言葉を交わしたのは電話で一度きり。それもあの拒絶の一言だけでした。そんな僕が選ばれるわけがないんです。分かっていても僕の心は沈んでしまい、浮き上がることが出来なくなってしまったんです」 運命の番と出会えてみんながみんな喜び、結ばれる訳では無い。蛍一の相手はおそらく困惑し、運命を呪っただろう。 仕方がないと分かっていても、運命の番を待ち続けていた蛍一は酷い虚脱に襲われ、会社も辞めてしまった。 「何もしないでずっと家にいました。最低限のことだけをして、それ以外はずっと、ぼうっと過ごしていました。そんな時にふとスマホの日付けが目に入ったんです」 自分の誕生日まであと一月だと知った蛍一は、彼と会う前に立てた計画を思い出す。 運命の番を探すのは38才まで。それでダメだったら、一番最初に縁の会った人と結婚しよう。 そこでやっと蛍一の止まった時間が動き出す。
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