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「これをあなたに渡す前にいくつか確認したいことがある」
オレがこれを書いたことに別段驚いた風もなく、朝倉さんは相変わらず微笑んでいる。
「なんでしょうか?」
「オレは結婚もそうだが、番を希望している。もしこれを本当に役所に出すのなら、番になってもらわなければ困る」
前回の二の舞はごめんだ。
「もちろん、僕もそのつもりです。これを出した次の発情期にお願いします」
朝倉さんの表情は変わらない。
「オレのプロフィールは見てるよね?」
「はい」
「オレのバツは気にならないのか?その理由とか、番の有無とか」
そのオレの言葉に、目を細めてふわりと笑う。
「全く気にならないと言ったら嘘になりますが、僕は自分の直感を信じています。あなたは悪い人じゃありません」
淀みもせずにそう言い切る彼に、少し困惑する。
「初めてのメッセージで会うことを希望した僕に、本当にそれでいいのか聞き返してくれました。今までそう聞いてくれた人はあなただけです。それにこれを出した時も、頭から否定もしなければ怒りもしない。むしろ僕のことを心配してくださった。中には同意をする振りをして書かずにホテルに誘う人もいました」
だろうね。
オメガと言うだけで、アルファにとっては性の対象だ。そんな相手がすぐに会い、結婚をチラつかせてきたら直ぐにやらせてくれると思うだろう。もしくは、なにも知らない世間知らずで上手く丸め込める、と。
本当によく今まで無事でいたな。
「離婚は考え方の相違。番にはならなかった。今までも番った相手はいない。・・・それから、これをあなたに渡すけれど、オレは確認したいことがある」
そう言って記入済みの婚姻届を朝倉さんに渡す。
「オレは身体の相性を大切にしている。気持ちいいはずの好意を苦痛にしたくはない。これだけは確かめておきたい」
婚姻届を渡したのは身体だけが目的じゃないと伝えたかったからだ。
「・・・僕も大事な事だと思います」
渡されたそれを大事に折りたたんでバッグにしまう。
「余程のことがない限りNGは出さないつもりだけど、あなたがもし嫌だったり気持ち悪かったりしたら、この話はなかったことに」
今まで相手を不快にさせたことは無いけれど、感じ方は人それぞれだ。
「では余程のことがなく、僕がOKならばこれを出していいと?」
そう言ってバッグを押さえた。
「もちろん。なんならことの後出しに行ってもいい」
休日でも時間外受付はある。
「分かりました。そうしましょう」
その即答に、この人はなぜこんなにもすぐに結婚したがっているのだろうかと疑問に思う。
訳がありそうだ。
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