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「私なら、なんとか、できたのかもしれない」
「真衣はバスケ部のキャプテンでしょ? 出場辞退とか廃部になるわけにいかないでしょ? みんなを守らなきゃいけなかった、仕方のないことだよ」
「そんなの言い訳だよ。キャプテンなんて辞めて、退部すればよかったんだ、私だって怖かっただけなんだよ」
「それがフツーだよ。私、真衣を巻き込まなくてよかったって思う」
「でも、でも……!!」
「最後に真衣と話すことができてよかった。こうならなきゃもう一回話すこともなかったのかもね」
軽い調子で礼奈は話すが、真衣には一つ一つの言葉が鉛のように圧し掛かってきた。それを振り払うように真衣は首を横に振った。
「そんなことない! 私は……」
「もう泣かないで。もう終わったんだから」
「終わった……、もう、もう私は……何もしてあげられないのかな?」
涙声のまま真衣は礼奈に尋ねた。
「何かしてくれるなら、私の自殺なんて責任に感じないで。私が重荷になるなんてそんな呪いをかけたくない。真衣はステキな未来を生きて。いつかステキな誰かと幸せになって。それが私の最後のお願い」
そう言うと、礼奈は右手を真衣の頬から離した。
「もう行かなきゃ」
「待って!」
「もう無理なんだ。ごめん」
「待って、お願いだから! 待ってよ、あや!!」
礼奈はほんの少し目を細めて、微笑んだ。
「私のこと『あや』って呼んでくれたのは真衣だけだよ。みんな読むのを最初は間違えるのに、真衣は違えなかったね」
真衣が礼奈の読みを間違えるはずはなかった。
幼い頃から、名前の漢字を知る前から彼女の名前が「あやな」であることは知っていた。幼稚園の帰り道に手を繋いで歩いたこと、初めて自転車に乗ることができて笑い合ったこと、大切にしていた服にジュースをこぼされて怒ったこと、真衣の頭の中で、礼奈のいろんな表情が蘇る。
なぜこんなことを思い出しているのか、真衣は振り払うように首を横に振った。
礼奈はそんな真衣を見て微笑んだまま「ありがとね」と言った。そして、一歩だけ後ずさり右の掌を胸の前でひらひらと横に振った。
「バイバイ、真衣」
「待って!」
真衣は礼奈を捕まえるべく、放たれたように飛び出した。
今度は右膝が痛むことはなかった。しかし、伸ばした右手は何も掴むことはできなかった。
彼女は風の中に消えるかのように見えなくなり、屋上には真衣とカサカサと揺れる花束だけが残った。
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