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「パパ、俺が忘れてて、こんなこと言って怒ってるかな。それとも、ごめんねごめんね、って謝ってるかな。優しかったけど、あんまり強い人じゃなかったよね」
二十三歳の友翔は、父のことを『強くない』と躊躇いもなく言うことができるけれど、幼かった自分は、父のことを英雄のように強いと思っていた。あの頃は、体の大きい大人の男なだけで、強いといたずらに信じていた。
泣いていた母は、少しだけふっと笑った。それから、目を腫らして優しい顔をして言う。
「そうだね。怒ったりはきっと、できないと思う。強くあろうとしてくれてたけど、優しくて寂しがり屋で、愛情深い人だったよ。
パパね、『友翔が苦しそうだったら、俺のことは忘れさせてあげて。友翔が生きていければそれでいいから』って言ってたの。だから、謝ってるかも。それに、大人になった友翔を見て、喜んでると思う。『大きくなったな』って。……泣いてるかもしれないけど」
母は、泣き笑いをしていた。そんな母に、父と親子三人でいられた時間の残り香を感じて、友翔は体制を変えて母に抱きついた。父の写真も挟んで、親子三人で抱き合っていることにする。
「パパ、そんなこと言ってたんだ。あんなに可愛がってた子どもに忘れられるなんて、悲しいだろうに」
挟んだ父の写真は、自分の体温が移ってほのあたたかくなっていたけれど、なにも言ってはくれない。四角にぺったんこに囚われたままだ。
「うーん……まあ、悲しいけど。でも、子どもがこの先笑って生きていってくれる喜びを考えれば、そんな悲しみなんて些細なものだよ。私もそう思うから、修さんの気持ちがわわかるわ。死ぬのが、友翔じゃなくて自分でよかったって心底安心するしね」
母の言葉に、友翔は心が張り裂けそうになった。どうしてそんな無償の愛を捧げられるのだろうか。友翔には、いまいちわからない。
「……親心?」
友翔が確信を持って聞けば、母は「たぶんね」と、親の顔で笑った。
「俺は……子どもは、親に死なれたらすごく傷つくんだけど。置いて行かれたって思う。それに、もし自分が死んだら、八捕さんに忘れられたら嫌だよ。化けてでそう」
友翔は、両親の愛に溺れながらも、どこかで悔しかった。自分が二十三年間生きてきて一番愛している八捕に対しても、そんな無償の愛は抱けない。親にならなければわからないと言うのならば、自分は一生わからない。
「ふふ。そりゃそうよ。私だって、お父さんが小学生の時に死んじゃった時はそう思ったし、修さんだってご両親を小学生の時に事故で同時に亡くして傷ついたって言ってた。
でもね、親になった瞬間に、子どもが生きていてくれる以上の喜びはないって思えるの。パートナーには覚えていて欲しいって変わらずに思うのにね。修さんも、私には忘れないで、っていってきたわよ」
母のどこか誇らしげな声に、友翔はさらに悔しくなった。自分がその気持ちをわからないことも、父が母には覚えていて欲しがったことも、少し悔しい。自分と父は親子だけれど、父と母はパートナーだったことを見せつけられている。対等だ、というのが信頼しきっていて羨ましいのかもしれない。
「……そっか。俺はパパとお母さんの子どもで、パパとお母さんはパートナーだったんだね」
言葉以上に深い関係が隠された事実をシンプルに口に出すと、母は「そうよ」と、友翔の食事を見守っていた時の顔で笑った。
友翔はそんな母の顔に、父とこっそり病室でキスしていたふたりのことを思い出して、母から離れた。それから、挟んでいた父の写真もよく見て、大好きだったその姿を仏壇に戻した。
そして、少し先で目を赤らめている八捕のスーツの裾を引っ張った。
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