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それから、目が赤い大人三人でアルバムを見た。随分と几帳面に整理されているそのアルバムを見て、友翔は驚いた。アルバムがあることも忘れていたし、中学生になる前までは、365日を埋め尽くす勢いで写真が並んでいたからだ。
「写真、すごいたくさんあるでしょ? 修さんがね、毎秒かの勢いで写真を撮ってたの。『可愛い、可愛い』って。私も撮ってたけどね。修さんが亡くなったあとは私が全部撮ってるんだけど、撮ってる間、修さんが写真をすごく遺したがった気持ちが少しわかった気がしたの。
きっと修さんは、自分が友翔のことをどう思ってたのか、伝えたかったんじゃないかなって。大きくなった友翔に自分が会えないことはわかってたから、修さんなりに自分も友翔を愛していたことを遺しておきたかったんじゃないかな。友翔に忘れられてもいいのに、自分が愛してたことだけは伝えたいなんて、修さんらしいわよね」
母の言葉に、友翔の眸はまた涙の膜が貼った。
時系列に並べられている、たくさんある写真は、ほとんどが白い病院の中と、物置部屋みたいに小さな木造アパートの中の写真だ。
「……どれもおんなじような写真じゃない? 」
友翔は本音が漏れる。自分にばかりピントが向けられている両親が撮ったらしい写真は、自分が全力で笑っている写真か、不完全なピースをしている写真ばかりだ。母や父、友達や病室の患者さんと写っている写真もあるけれど、あまり代わり映えはしない。
「なに言ってるの、全然違うじゃない」
母が不満げな声をあげる。
「そうだよ。一人で写ってるこの写真よりも、お義母さんと写ってるこの写真の方が嬉しそうだし。お友達と写ってる写真はおすましさんの顔してる」
八捕に柔らかく言われて、友翔は急に幼い頃の自分を見られるのが恥ずかしくなってきた。
「そうよね! 八捕さん、わかってるわ! 修さんがね、家での友翔の様子が見たいって言うから、家でも友翔のこと撮って、定期的に現像して修さんに見せてたの。なかなか忙しくて寝顔ばかりになっちゃてたんだけど、かわいいでしょ」
母が機嫌良く八捕に話しかけた。
「はい。とっても可愛いですね。天使みたい。寝顔、全然変わってませんね。今もこんなふうに天使みたいな顔して寝てますよ」
八捕がでれっと顔を溶かしたので、友翔はバッとアルバムを閉じた。二人から同時に、なにするの、と声が上がる。
「恥ずかしいよ。もう勘弁してよ」
顔から火が出そうだ。幼き日の自分をさっき辿ったばかりなのも手伝って、わがままで甘えたがりな自分が恥ずかしくて仕方がない。……今もあまり変わってないような気がするからなおさら。
「だめだめ。俺の知らない友翔を見るのを楽しみにしてたんだから。すごく可愛いし、見せてもらうよ」
八捕がにこりと譲らない顔をしている。
「そうよ。可愛いんだから、見てもらいなさいよ。ほら、どれも天使よ」
母も譲る様子はないようだった。
二人に圧倒されて、仕方なく手を離す。
「お義父さんも、友翔に膝に乗られてすごく嬉しそうですね。友翔、毎日乗ってる」
ページをめくっている八捕が、目尻を溶かしてそう言った。写真の中の父と同じ顔をしている。
「毎日膝に乗ってたこと、アルバムに貼っておいて欲しいって修さんが言ってたの。出かけたりとか激しい遊びはしてあげられないけど、毎日抱きしめてたくらい好きだからって」
母の言葉で、友翔も父の膝に乗っている幼い自分の写真を見た。大抵、父のお腹に顔を埋めて甘えている写真ばかりだ。
八捕にハグをしてもらうのと同じくらい、父の膝に乗るのが大好きだった。
「わかってるよ……」
照れ隠しで、拗ねたような声が出てしまう。
「あ。泣いてる顔も可愛い。顔真っ赤にして泣いてるのにお義父さんの服の裾をぎゅって握ってますね。なにか叱られたんですか? 」
八捕はとっても楽しそうだ。眉毛を八の字に垂れさせて、すごく優しい顔をしている。
「その写真はね、修さんの病気がわかる直前の写真なの。友翔は一歳になったばっかりで、歩けるようになって一ヶ月くらい。
友翔は抱っこを修さんにねだったんだけど、少しは歩いた方がいいだろうって思った修さんが、『自分で歩いてみようね』って言ったらそれだけでこんな風に大泣きしちゃって。結局、この後すぐに抱っこしてあげたんだから修さんは甘々だよね」
母の懐かしそうな顔を尻目に、恥ずかしい……と思いながらも、友翔はその写真に目を向けてみた。さすがに一歳くらいの記憶はない。
「これって、パパが入院する前の写真ってこと? もしかして、一緒に住んでた? 」
「そうそう。こんな風に幸せで何気ない日常が続いていくと信じていた日の写真よ。だから修さんはまだ体力もあって、友翔はなにかあるとすぐに抱っこをねだってた。友翔はね、この頃は不機嫌なことがあるとすぐ泣いてた。それに、あれしてこれしてーって、私たちに甘えてた。修さんはまだ働いてたから、毎朝仕事に行く度にぎゃん泣きして、修さんは毎朝後ろ髪を引かれてた」
友翔は、父が毎日家に帰ってきて、一緒に暮らしていた日のことを知らない。仕事をしていたことも知らない。だからこの貴重な写真を穴が空く程見つめてしまう。
「パパってなんの仕事してたの? 」
「中学校の先生。数学を教えてたの。頭よかったのよ」
母の声は誇らしげだった。教師をしている父はきっと、恰好よかったのだろう。
「そっか。パパ、面倒見よかったもんね。……八捕さんもね、」
そう言いながら、ちらりと八捕を見上げた。
新卒で小学校の教師になった八捕は、担当していたクラスの子が虐待で亡くなってしまったことを友翔も知っている。八捕は虐待を疑っていたのにその子を助けてあげられなかったことで自分を責めてしまって、教師を辞めてしまったことも。父との共通点を勝手に話していいのかわからない。
友翔の心配を読み取ったのか、八捕は笑った。
「ふふ。ありがとう。友翔。大丈夫だよ。
俺も、小中高の教育免許を持ってるんです。新卒の時に一年だけ、小学校の教師をしていました。色々あって、今は銀行員なんですけどね」
「あら。小学校の先生なんて、随分大変だったでしょう。私も、友翔のことでたくさんお世話になった。面倒見がよくて優しい先生だと、子どもたちの数分だけ心配しなくちゃならないから、心がいくつあっても足りない感じだった」
八捕が心を壊した原因を知っているのではないかと言うほど、母の指摘は鋭くて驚く。隣の八捕も同じように驚いている。
「そう、ですね。できる子もできない子も、生意気な子も大人しい子も、みんなそれぞれかわいくて。でも、子どもってすぐに怪我するんです。熱も出すし、ちょっとなにかあるとご飯を食べなくなったり。毎日、気が気じゃなかったです」
八捕がこれほど教師時代のことを話すのを、友翔は初めてみた。話しても大丈夫なのだろうか、と友翔は気になった。でも八捕の顔は晴れやかで、八捕のトラウマは少しずつ和らいでいるのかもしれないと思った。
「修さんも同じようなこと言ってた。中学生ってこんなに繊細だったけ、ってくらい繊細だって。廊下でゲラゲラ笑ってるな、と思った数分後には泣いてたりとかするって。勉強も、わからないって声をあげられる子はいいけど、あげられない子がたくさんいるから、小テストをして、どの子がどこがわからないか見てあげないといけない、とか言ってた。干渉しすぎると怒るし、放っときすぎると拗ねるって。難しいーって。……きっと、修さんと八捕さんは気が合ったのに、残念ね」
母の言葉で、三人で父の遺影を見つめた。
遺影の中の父はやはり若くて、八捕と同じ歳だと思うと、まだやりたいことがたくさんあっただろうな、と思った。その悔しさの一つが、自分の結婚相手である八捕と話せなかったことだろうな、と友翔には確信が持てた。
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