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「そうだ、八捕さんのご実家は友翔との結婚のこと、なんて言ってるの? 」
瞳は心配そうに聞いてきた。
「祝福してくれています」
八捕ははっきりと告げた。瞳が友翔とそっくりの嘘を探す目をしているが、別に嘘ではない。
友翔が二十歳の時、八捕は家族に初めて友翔のことを明かした。正直自分でも、どんな反応をされるか怖かった。八捕は友翔の前までは女性としか付き合ったことがないし、元彼女を、お正月のカニ食べ会に招待したこともあった。と言っても、連れて行ったのは長かったほの香くらいなものだけれど。
篤宗と景子の入籍が決まったお祝いで実家でカニを囲んでいた時、「弘誉は彼女いるのなんで隠してるんだ? 」と、珍しく父から詮索が入った。恋人の有無は誤魔化していたのに、すっかりバレていたみたいだった。八捕家では、朗らかに家族の話題を聞き出すのはいつも母だ。父から聞かれると言うことは、みんな気になっているけれど、他の人からは聞きづらいからだろうという背景が簡単に想像できて、八捕はついに重い口を開いたのだった。
「恋人はいるよ。でも彼女じゃなくて男の子なんだ」と八捕が腹を決めて言えば、完全に団欒は静まり返った。いつも飄々としている末っ子の政恭は固まってしまっていたし、篤宗なんて動揺しすぎてカニフォークを床に落としていた。
そんな固まった場を動かしてくれたのはやはり父で、「そうか。どんな子なんだい? 」と、お茶を飲みながら聞いてくれたのだ。
友翔とは二年付き合っていること。八つ年下で、まだ大学生なこと。それから一生懸命で性格も容姿もとっても可愛くて、将来的に一緒になることを考えていること。
久々に緊張しながら大事な人の話をする八捕を、家族はみんな真剣に聞いてくれた。嫌悪感を持って耳を塞ぐ人は誰もいなくて、八捕は改めて家族に恵まれているな、と感謝をした。
八捕の紹介を最後までしっかり聞いた上で、父は「友翔くんのことが弘誉は本気で好きなんだな? 」とまず聞いてきた。八捕は、「すごく好きだ。誰に反対されても俺は一緒になるつもりでいる」と、堂々宣言した。この時の、篤宗と景子の驚いた顔が忘れられない。ふたりにとってそれほどまでに、八捕は恋愛に淡白な印象だったのだろう。
父は眉間に皺を寄せて考えると、「正直、考え直してもらいたい。日本での同性パートナーの問題を見越した上で、親としてすぐには賛成できない」とはっきり告げてきた。その言葉に母も、「息子には全員幸せになってもらわないと困る。とりあえず家に連れてきて」と、親の貫禄を見せてきた。
八捕としてはまず家族の歓迎は勝ち取ってから、友翔を家族に会わせたかった。歓迎されなかったら会わせられなかったとも言える。それに、まだ二十歳の友翔を、実家へ連れて行くことは考えていなかった。実家で自分の家族に仰々しく囲まれたら、友翔はストレスで寝込んでしまうかもしれないと思っていたから。絶対に自分だけで家族のことは説得すると八捕は決めていたのだった。
友翔が大学を卒業するまでは連れてこられない、と八捕が告げると、母は厳しい顔をした。「家族に会わせられないような子とコウは付き合ってるの? 」と、悲しげでもあった。母には悪いけれど、八捕はなんとか友翔の状態を説明して、会わせるには準備が必要なんだ、と伝えた。
家族に会わせられない、と言った八捕に誰よりもショックを受けていたのは、両親ではなく篤宗だった。自分で言うのも変だけれど、篤宗は八捕のことをずっと慕っていて、何かと後を追って来ていた。
そんな篤宗も含めて、八捕は家族への説得を頑張った。
友翔が高校生の頃に出会って告白してもらって一度は断ったけど、どうしても好きで、友翔が高校を卒業するまで二年も待って、やっとの思いで付き合った子なことも伝えた。
そしてだいぶ態度が軟化した頃に、友翔の写真をねだられて見せた。本人に了承をえずに見せるのはマナー違反だと思うけれど、友翔の見た目は、家族を説得させられると思ったから。友翔は老若男女誰が見ても可愛いだろう。そして案の定、家族は全員、「かわいい……」と、圧倒されていた。
八捕はひたすらに友翔のことをすごく好きなことを伝え続けるた。
説得を一年続けたある日、父に聞かれた。「偏見の目で見られても、弘誉は胸を張れるか? 友翔くんにちゃんと好きだと伝え続けて、一生守っていけるか? 」と。八捕は父の言葉に強く頷いた。「ちゃんと連れてこいよ」と父に言われて、やっと家族からも公認されたこと。
この頃になると篤宗も納得していた。景子と政恭に、「コウ先輩(兄)友翔くんにおじさんって言われる? 」と笑いながら聞かれて、「一度も言われたことない」と胸を張った。
そしてやっと実家へ連れて行けば友翔はすんなりと家族に気に入られて、歓迎が完全になった。家族のグループチャットで『友翔くん、いい子だったね』『プロポーズがんばれ』と祝福された時は、心底ほっとした。
説得もそれなりに大変だったけれど、八捕は友翔には反対された歴史を話さないと決めている。背負える悲しみは、なるべく自分が背負ってあげたいと思っている。知らせなければ、友翔の中では存在しないことなのだからいいのだ。
そして、プロポーズ成功を家族に報告したら、「おめでとう! 」と大祝福してもらえた。
だから八捕は瞳の目を見て、もう一度きっぱりと宣言した。
「本当ですよ。俺の家族はみんな、友翔のこと可愛いしいい子だって褒めていました」
すると瞳は、途端にものすごく嬉しそうな顔をした。息子のことを褒められて鼻が高いのだろう。
「そうなの。ありがとう。その通りよ。友翔は可愛くていい子なの。でも、その、八捕さんはいいの? あの子と一緒になったら子どもは望めないわよ」
瞳が視線をかがめた。親子そろって気にする場所が同じだ。子どもがでいないというのは、世間一般から見てやはり悲劇なんだろうか。
八捕は深呼吸をした。腹筋に力をこめる。自分の中でだけは、子どもが望めないことを悲劇にはしない。
「大丈夫です。俺、友翔がいれば子どもはいなくてもいいんです。何よりも、友翔と一緒に生きていきたいです」
宣言をした八捕の目を、瞳がまたもや嘘がないか探している。
何分視線だけの会話が続いただろうか。やがて瞳はふ、とまつ毛を瞬かせた。
「八捕さんの気持ちはわかったわ。信じるから、友翔のこと大切にしてあげてね」
瞳の顔はまるでドライヤーをしてあげる時の友翔そっくりにとろけていた。八捕の実家へ行った後、友翔が八捕と父が似ているとはしゃいでいたのを思い出す。きっと今、自分はあの時の友翔と同じ気持ちを味わっているのだろう。
愛おしくて、愛しくてたまらない。人が生きてきたことに、こんなに愛着を持てる日が来るだなんて知らなかった。
「もちろん。……友翔とお義母さん、そっくりですね」
八捕は瞬きをして涙を誤魔化した。涙もろくなったものだ。
すると瞳は、なぜだかクスクスと笑い出した。
「ふふふ。久しぶりに言われた、それ。友翔はね、私のお母さん、友翔のおばあちゃんにそっくりなのよ。お母さん、若い頃はアイドルやってたの。友翔もほら、アイドルフェイスでしょう? 修さんも私と友翔が似てるってよく言ってた。懐かしいなあ」
瞳はそう言って母親だと言う古い写真を見せてくれた。
「たしかにそっくりですね。でもお義母さんも似ていますよ。表情とか仕草とかが」
八捕がニコニコすると、瞳はにっこりと笑った。
「そう? なんだか恥ずかしいわ。そう言われると」
瞳の長いまつ毛の縁に、透明な雫が溜まっていたから、八捕もまたもらい涙をした。
「八捕さん。友翔は不器用で弱いところもあるけど、とっても頑張り屋さんで甘えん坊の可愛い子なの。だから、よろしくお願いします」
涙を拭うと、瞳は真剣に言った。
だから八捕は、胸を張って応えた。
「はい。可愛いって誰よりも知ってます。よろしくお願いします」
友翔は爆発すると手をつけられなくなるから気をつけてね、と瞳に付け足されて、八捕は苦笑いをするしかなかった。
後ろに置かれている、未完成のイルカのブロックを見ながら、八捕は修の仏壇に頭を下げて物置部屋を出た。
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