episode 12. side;八捕

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 八捕と交代して友翔が瞳に呼ばれている間、八捕は万結に引っ張られて、尊と万結と三人で遊んだ。万結は早速、友翔が持って行った一輪車の練習をしていて、子どもらしい飛びつきの速さに八捕は和んだ。八捕は万結の一輪車の補助をしたり、三人でかるたをしたりした。  友翔が瞳と共に話し合いから戻ってくると、二人とも万結に誘われて全員でかるたをした。友翔はなぜだかかるたに動揺していて、八捕は笑ってしまった。  そして夕飯の時間になる前に、八捕と友翔はお暇した。瞳にたくさん手料理の詰まったタッパーをもらったので、今日はこれを食べようか、と車内で話がまとまった時だった。 「八捕さん、俺お酒が飲みたい」  友翔の目はすっかり真っ赤に腫れていた。友翔が酒を飲みたいと言い出すのは合図だ。  だから八捕はにっこりと微笑んで、コンビニに車を停めた。ふたりでコンビニへ入って、今夜飲むための酒を選んだ。友翔はアルコールが三パーセントのパイナップルのサワー、八捕は生ビールを一本ずつ選んで、ぽつりぽつりとたわいない話をしながら、友翔と住むマンションに帰った。 「ただいま」  靴を脱いで部屋に入った友翔が言う。友翔の実家で、友翔が「お邪魔します」と挨拶した時は、八捕もどうしようかと焦った。ふたりで住むこのマンションが、友翔の中で自然と帰る場所になっていることが嬉しい。 「おかえり。ただいま」  同じ場所に帰れることが嬉しくて八捕が両方言うと、友翔はおかしそうに微笑んだ。 「おかえり」  友翔もおかえりを返してくれる。  手を洗って着替えてテーブルに着くと、八捕はグラスを用意して氷を詰めようとした。けれど友翔は、今日は缶のままでいいと言う。なんでだろうと思いつつも、まあいいかと、八捕は友翔の待つ青いビーズクッションへ向かった。 「隣に座って」  パイナップルサワーを手渡すと、友翔は受け取りながら体をぴったりと寄せてきた。まだ素面なはずなのに。 「もう座ってるよ」 「もっとこっちきて」  友翔はすっかりスイッチが入っている。今日は盛りだくさんだったから、自制心が飛んで行っているのだろうか。  八捕がビールのプルタブを開けても、友翔はサワーと八捕の顔を見つめるばかりで、なぜだか開けようとしない。 「開けようか? 」  目が合った友翔に問うと、友翔は恥ずかしそうに頷いた。開けられないわけでもないのに、開けてほしいと頼むのが恥ずかしかったのだろうか。  八捕がサワーを受け取ってプルタブを開けると、プシュッと小気味のいい音が響いた。はい、と友翔に差し向ける。 「……ありがと」  友翔の顔が赤い。  缶同士をくっつけ合って乾杯をする。八捕はごくごく喉を鳴らしてビールを飲んだ。ようやく正式になった婚約が心地いい。  舐めるように三口サワーを飲んだ友翔は、八捕の胸元に顔を押し付けると言った。 「八捕さん……膝枕」 「おいで」  許可を出すと、友翔はサワーをテーブルに置いて、八捕の膝を枕にした。八捕の腹筋にぴったりと鼻先をくっつけて、胴回りに手を回して完全ホールドしてくる。  友翔は酒が弱いけれど、さすがにアルコール三パーセントの酒三口で酔うほどではない。  友翔が酒を飲みたがる時は、膝枕をしたい時だ。  いつもなら本当に酔うまでねだってこないけれど、今日は我慢ができなかったのだろう。  甘えん坊の髪を掬いながらビールを飲んでいると、友翔は腕にギュッと力を込めてきた。八捕としては正直、性器が反応してしまいそうになるから逆向きに寝転がって欲しい。でも友翔が腹筋を感じたいと言うので仕方がない。 「八捕さん。今日はありがとう。実家に行けてよかった」  お酒で少し色っぽくなった友翔の声が腹筋にぶつかって、ちょっとくぐもって聞こえてくる。 「うん。俺も友翔の家族に会えて嬉しかった。友翔の天使時代のことも知れたし」  今も天使だけどね、と言外に含んだ。 「俺、天使なんかじゃなかった。癌のパパにワガママ言って、パパが亡くなってからもお母さんにパパに会いたい会いたいって言って困らせた。俺、アパートに独りでずっと寂しくて……」  八捕のスウェットは、腹筋の辺りのグレーが濃くなっていく。友翔が鼻を啜る音が聞こえてくる。 「そうかな? 友翔にワガママ言ってもらえたら、ご両親は嬉しかったんじゃないかな? 俺は嬉しいし」  アルバムの写真の中の、友翔の両親の嬉しそうな顔は、八捕の中にも焼き付いている。それは、友翔にもわかるはずだ。 「俺は、パパとお母さんにとって負担にならない、完璧な子どもでいたかった」  友翔らしい理想の掲げ方に、八捕の胸は詰まった。 「友翔。そんな完璧な子どもなんていないよ。それに負担だなんて思っていなかったと思うけど。いてくれるだけで嬉しいよ」  好きな人なんてそんなものだと思う。 「そうかなあ。そんなに俺のこと、好きかなあ? 」  友翔が八捕の腹筋にしがみついてきた。 「好きに決まってるでしょ。俺は毎晩ドライヤーと、いつでも膝枕させてあげるくらいには好きだよ。だからきっと、ご両親も俺と同じくらい友翔のこと好きだよ」  八捕は友翔の背中を、あやすようにぽんぽんした。すると友翔は、さらにわあわあ泣いた。 「八捕さん。俺、好きな人には甘えたい」  泣きながら、友翔は宣言した。 「うん」 「もう誰にも、ドライヤーしたり、膝枕したり、UFOキャッチャーで景品捕ってあげたりしないで」  どんな顔で言っているのか見たくて、八捕は顔を覗きこもとうとしたけれど、きっちりガードされていて友翔の顔は見られなかった。  それでもすごく嬉しい。友翔が素面でこんなに甘えたことを言ってくれるのは珍しいし、何よりこんなにも独占欲を示されたのは初めてだったからだ。独占欲を募らせるのはいつも八捕で、友翔は八捕が誰かと二人きりで食事に行くと言っても、嫉妬してくるようなことはなかった。 「うん。友翔にしかしないよ。そんな風に思ってくれるなんて嬉しい」  気分が高まって、八捕は友翔の髪にキスをした。本当は抱きしめたいけれど、膝枕を堪能している婚約者を抱き起こすわけにはいかない。 「八捕さん、もう俺のだもん。八捕さんのこと、誰かに譲らなきゃって思ってたけど、俺のパートナーになってくれるって言ったから、八捕さんにしてもらえることは全部俺がもらう」  長年に渡る寂しい我慢が明らかになった。もう自分はとっくに、友翔の虜なのに。 「全部友翔にあげるよ。だから我慢しないで」  八捕は心を懸命に込めた。友翔は自分のものだ。喜びも悲しみも全部、自分が隣で見守ると決めた。何があっても。
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