死神に向いてない

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               ※ 「心臓が動いてない! 救命措置しないと! 誰か、集会所からAEDを持って来てください!」  周囲を取り巻いてざわめく人々をよそに、俺の身体に飛びつくや否や梢はテキパキと指示を飛ばした。 「今から救命措置をします! この間学校で習いました! どなたか男性の方、お手伝いをお願いします!」  それまでは「動かさない方がいい!」「もうすぐ救急車が来る!」ともっともらしい事を言って救助活動を阻害していたおじさん達も、我に返ったように梢に従った。  額を押さえながら顎を持ち上げ、授業で教わった通りに気道を確保すると、梢は躊躇なく俺の唇に自分の唇を押し当て、大きく息を吹き込んだ。一回……二回……。 「心臓マッサージを! もっと強く! 両手で五センチ沈むぐらい! そう! 三十数えます!」  一、二、三、四、五……声に出しながら三十回、おじさんに心臓マッサージをさせた後は、再び梢が人工呼吸。  どんどんサイレンの音が近づいてくるけれど、梢は脇目も振らず、一心不乱に心肺蘇生を続けた。俺の身体から流れ出した血で、せっかく着飾った服や、手や、顔や全身が汚れるのも厭わずに。 「お願い! 頑張って! まだ死んじゃ駄目! 優也! 優也!」  髪の毛を振り乱しながら俺の名を叫ぶ梢の目からは、ボロボロと涙が零れ出していた。  馬鹿だよなぁ、梢のやつ。今まで彼氏なんていた事なかっただろ。それ、ファーストキスってやつじゃねえの? あーあ、化粧も崩れちゃってぐちゃぐちゃじゃん。元々そんなに見られた顔じゃないのに、どうすんだよ。もういいよ。みんな見てるぜ。もうすぐ救急車も来るし、終わりにしろよ。どう見たってそれ……もう無理だろ。いい加減、諦めろよ。  俺の身体は目の前に寝ているはずなのに、どうしてか鼻の奥がツンとした。  それと同時に、俺の胸の中でぐるぐるしていた気持ちがなんだったかも、わかった気がした。俺だって梢がしてくれるのと同じぐらい、あいつを大事にしてやりたかった。俺にとって梢は、世界中の誰よりも大切な人だったんだ。  こんな悲しくて辛い目になんて、遭わせたくなかった。俺は梢が喜ぶ顔が見たかっただけなのに。  今頃になって気付くなんて……こうしてあいつの気持ちに何一つ応えてやれないまま、死ななきゃならないなんて。 「あーあ」  わなわなと拳を震わせる俺の隣で、死神は天を仰いだ。 「なんだか逆効果になっちゃいましたね。あなた、もう成仏する気ないでしょ? 面倒くさいなー」 「お前さ、面倒くさいとか……」 「やっぱりやめます」 「は?」  俺は耳を疑った。 「実を言うとあなたが死んだのはんですけど、そうも言ってられない事情がありまして。もうすぐそこに生まれそうな命があって、さっさと魂用意してあげないと母体も赤ちゃんも危険なんですよ。予定が狂ったからまた今度ってわけにもいかないし、とにもかくにも死んだあなたに行ってもらうしかないと思ったんですけど……こりゃあムリゲーっぽいですもんねぇ」 「ちょっと待てよ。イレギュラーってどういう事だよ。お前さっきから一体何を……」 「あーあ、また神様に怒られる。また減点だ。最悪だぁ」  死神は突然子どものようにじたばたと喚いた。かと思うと、俺に向き直り―― 「じゃあ、戻しますよ」 「は?」 「やり直します。今度こそ余計な事しないで下さいね。お願いしますよ。次もしくじったら今度こそわたしのクビ飛んじゃいますからね。最悪転職させられちゃうかも。あーやだやだ。最悪だぁ」  死神は嘆きながら、目の前に差し出した指をパチンと弾いた。
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