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ふと我に返ると、俺は歩道に立っていた。
あれ? これは一体? 俺は死んだはずじゃ……死神は? 梢は?
混乱する俺の目に、横断歩道を渡る男の子が映る。そこに猛スピードで突っ込んでくる軽自動車。
ついさっき死ぬ前に見た光景と完全に一緒だ。どうやら事故の直前まで時間が巻き戻されたらしい。でもぼーっと突っ立っていたせいか男の子との距離が離れすぎていて、今度は走ったところで到底間に合いそうにもない。
死神は俺が死んだのはイレギュラーだと言っていた。つまりそれは、本当は別のヤツが死ぬ予定だったという意味だろう。だとすれば、本来俺の代わりに死ぬはずだった人間とは……。
「逃げろーっ!」
俺は腹の底から叫んだ。男の子がキョトンとした顔でこちらを振り向く。失敗した。立ち止まるんじゃない。
キキィーーーーーッ! ゴシャゴシャガシャ! ドドドドゴロドドドゴドドッ!
耳をつんざくようなブレーキ音と、衝突音が周囲に響き渡る。
俺は目を疑った。
男の子はそれまでと変わらない姿で、横断歩道の上に呆然と立ち尽くしていた。
ギリギリのところで男の子に気づいた軽自動車が、自ら急ハンドルを切って道路脇の塀に突っ込んだのだ。車のフロント部はぺしゃんこに潰れ、衝突した勢いで横転した上、崩れたブロックの下敷きになっていた。車内を覗く事はできなかったが、運転手が無事では済まない事は明らかだった。
元々のシナリオは軽自動車の酔っ払い自身が自爆して死ぬ運命だったんだ。俺は男の子を助けたつもりだったけど、結果的にわざわざあのおっさんの身代わりになるという愚行を犯したというわけだ。
事故の衝撃と音に驚いて、付近の住人達が家から飛び出してくる。救急車を、パトカーを、などと通報を促す声がそこかしこから聞こえてきた。
「……大丈夫か? 怪我はなかった?」
「うん。でも……」
男の子に駆け寄ると、半べそをかいていた。自分のせいで車が事故を起こしたと責任を感じているのかもしれない。
「大丈夫。君は悪くないよ。ちゃんと手を挙げて、横断歩道を渡ってただけじゃないか。俺が見てたから、お巡りさんが来たらちゃんと説明してやる。だから安心しな」
「うん。でも、でも……」
男の子はぐずぐずと泣き出した。目の前で大破した車は、子ども心には大きな衝撃だろう。けどこの子の先々を考えたら、助けた俺が身代わりで死ぬという負い目を背負うよりはマシなんじゃないかと思ったりもする。
「優也!」
名前を呼ばれて振り向くと、呼吸を乱しながら走ってくる梢の姿があった。俺がひかれた時とは比べ物にならない大きな音がしたから、北公園にいた梢の耳にも届いたのだろう。
「大丈夫? すごい音がしたけど、もしかして、巻き込まれたの?」
「いや、大丈夫。この子は危なかったけど」
「良かったぁ、無事で。もしかしたらって心配しちゃった」
くしゃっと顔を歪めて涙を浮かべる梢に、胸が締め付けられる。無事だったって言ってるんだから泣く必要はないだろうに。ただでさえ月並みな顔が余計にブスに見えちゃうじゃんか。
でも……俺は人知れず胸を撫で下ろした。今度は梢に悲しい想いをさせずに済んだんだ。良かった。本当に良かった。
「ごめん、そろそろ時間だよな。今向かってる途中だったんだけど、俺、唯一の目撃者として警察来るまではいなくちゃならないと思うんだ。この子が何も悪くないって証明してあげないといけないし。だから悪いけど、約束、またあとにしてもらえる?」
「あ、うん。別にいいよ。私の用事なんて大した事ないし。別にいつだって……」
「いや、俺からも話したい事があるんだ。大事な話だから、できるだけ早く。だからもし遅くなったとしても、終わったら必ず連絡する」
真剣な顔で俺が言うと、梢はぽっと頬を赤く染めた。
「う……うん。わかった。じゃあ……連絡、待ってるね」
逃げるように走り去る梢に、手を振り返す。
いつの間にか泣き止んだ男の子が、俺を見上げて不思議そうに聞いた。
「どうして笑ってるの?」
「うん……いや、あいつ、本当に死神だったのかなって」
いっその事さっさと死神クビになって、キューピッドにでも転職した方がいいんじゃないか。そんな考えが頭に浮かんだ。
死神に向いてないよな、あいつ。
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