23. 終業式の後に

4/4
前へ
/89ページ
次へ
 檀上で異動、退職する教師が一人一人挨拶をする。  熱い言葉を送る先生もいるなか、曽我先生はとてもシンプルな挨拶だった。  でも最後に俺たちの学年に向けて、“高校生活最後の一年を楽しんで下さい” とメッセージを残してくれた。  放心状態の俺は、離任式の間中ずっとただその人ひとりを見ていた。  うるさいほど心臓が音を立てて、知らない間に口の中が乾いて、目を逸らすことができない。  全員が挨拶を終え、足元に視線を落とすようにしていた先生がふと目線を上げた時、目が合った気がした。  でも遠くて、見慣れないネクタイ姿や整った髪の先生が遠くて、それは気のせいだと感じてしまう。  最初はそこが一番の特等席だと思っていた教卓真正面の席の俺と、教壇に立つ銀フレームメガネの先生との距離。  それが、不器用に絆創膏を貼ってくれたり、くしゃっと頭を撫でてくれたりした、あの応接セットの向かい合う椅子の距離まで近くなったのに……。  体育館のステージの上に立つ先生と、並ぶ生徒の列の中立ち尽くす俺との距離が、今までで一番遠く離れていた。  でも。  もっともっと遠くに行ってしまうなんて、そんなの俺――。    やっぱ職員室でもいいからどうしても先生と話しがしたくて、座っていた椅子から立ち上がる。  そのまま理科室を飛び出すようにして廊下に走り出た時──、 「オッッ!……と。おいおい」  衝突しかけた広い影。目の前に立つ人の、さっきより緩めたネクタイが視界に飛び込んだ。  鉢合わせしたその人は、廊下に飛び出してきたのが誰だか分かると、フッと表情を崩して長身をかがめ苦笑混じりに呟く。 「まったく、お前は……」 そして顔を近づけると、いつかみたいに俺のことを注意した。 「ろ・う・か・を・は・し・る・な」
/89ページ

最初のコメントを投稿しよう!

194人が本棚に入れています
本棚に追加