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言葉を無くし、二人しかいない理科準備室に沈黙がおとずれる。
しばらくそれが続いた後、椅子が軋む音が聞こえるのと同時に先生が立ち上がる気配を感じた。
「――樋口……」
あの低い声が名前を呼ぶ。
「 “俺みたいの” なんて自分のこと言うな」
大好きなその声は、耳のすぐ傍で聞こえた。
それは向かい合うように立った先生が項垂れた俺の頭に優しく手を置いて、自分の肩へそっと引き寄せてくれたせい。
頬に触れる硬い髪と先生の匂い……。
ポンポンとあやすように2、3度髪を撫でると、その手を下ろし俺の横を通り過ぎた。
綺麗に片付けられた机の引き出しの中を確認するみたいに全部チェックして、最後にカギをかけポケットに仕舞う。
そんな仕草の一つ一つでさえ取りこぼしたくなくて目で追いながら、その横顔に声をかけた。
「曽我先生、いつまでここにいてくれるの?」
たずねた俺に顔を上げ、先生がこっちを向く。
「4月1日着任だから、3月の間はお前の生物の先生は俺だ」
そう言っていつもみたいに口角を上げて笑った。
あと10日。
曽我先生が俺の先生でいてくれる日数は、もうそれだけだった。
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