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西の空が赤く染まり始めた頃、旅人は町にたどり着いた。
夕方にも関わらず、メインストリートは大賑わいだった。露店がずらっと並び、そこでは食料や衣服が売られ、買い物客がたくさん行き来していた。また、その脇では、大道芸人が火を吹く芸を見せたり、ハープを演奏する女性の姿もあった。
旅人はそんな光景を横目に、通りを進んでいく。大通りから少し小道に入ったところに、目的の宿屋があった。小さな建物だが、中はきれいで清潔感があった。
「そこの旅の方、ちょっとお話よろしいですか」
宿泊の手続きを終え、部屋に向かおうとすると、太った中年の男性が声をかけてきた。
「はい。どうしましたか」
「突然すみません。私はこの町で商人をしております。色んな国の動物の売買をしているものでね。ところで、お兄さんはどちらから?」
旅人は、昨日までいた隣町の名前を告げる。
「はあ、なるほど。それではあの山を越えてきたわけですね。この町には何か用があって来たんですか?」
「そうです。痛みを和らげる薬草が欲しくて」
「薬草ですか!」
商人の顔がパッと明るくなった。
「それなら良い情報がありますよ。あなたが越えてきた山、実はあそこには多くの薬草が生えてるんですよ」
「へえ、そうなんですか」
「はい。もし私で良ければ、薬草が生えている場所への行き方を教えましょうか?」
旅人が「お願いします」と言うと、商人は一枚の地図を出した。
「ここがお兄さんが来た道ですが、ここに別れ道があったはずです。この道を登っていくと、大きな湖があって、そこに薬草が生えているんです」
旅人は地図をのぞき込む。しかし、そこに描かれた湖に行くには、この街から半日以上はかかりそうだった。
「ここへ行くのにはかなり時間がかかるんじゃないですか?」
「ええ、そうですね。そのため、普通の人は近寄りません。しかしですね、実はこの湖のほとりに私の小屋があるんですよ。今は誰も使っていないので、使ってもらって構いません。薬草が見つかるまで、何泊でもしてください。もちろんお金はいただきませんから」
「それはいくらなんでも悪いですよ」
「いえ、どうせ使ってない小屋なんで、自由に使ってください」
押し問答が続いたが、やがて旅人は折れた。
「これが小屋の鍵です」
旅人は商人から鍵を受け取った。
その時、旅人の脳裏に、山道での光景が浮かんだ。
「そう言えば、あの山に若い女が住んでいませんか」
「若い女?」
商人が眉をひそめる。
「はい。ここに来る時、女の姿を見たんですが」
「山には誰も住んでいませんよ。見間違いじゃないですかい」
「そうですか」
「じゃあ、私はこのへんで。山から帰ってきたら、鍵はこの宿屋の男に返してくれたら良いですよ」
そう言って、商人は宿屋を出ていった。
旅人は宿屋の入口の扉をじっと見つめる。先ほどの会話で、商人の目がわずかに泳いでいたことを、旅人は見逃さなかった。
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