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「こんなところよ。大して面白くもないでしょ」
部屋には沈黙が続く。小屋の外からは、変わらず鳥の声が聞こえる。
「なんて辛いんだ」
旅人の言葉に、女は顔を歪める。
「そんなことがあるなんて、信じられない。なんて辛い人生を送ってきたんだ」
「気休めの言葉なんていらないわ。そんなの命乞いにもならないわよ」
「命乞いではない。本気でそう思っただけだ。俺は、君を救いたいと思う。君の呪いを解いてあげたい」
女は驚いたような表情を見せた。そして、部屋に響くほどの笑い声をあげる。
「はっはっは。バカなことを言うわね。呪いについて何も分かっていないのね。私は魂まで呪われているの。一生かかっても救われないのよ。知ったつもりで、そんなおざなりの同情をされるなんて、腹が立つわ」
「君の辛さを全て理解することはできないかもしれない。けれども、少しは私にも分かる」
旅人は、左腕の袖をたくしあげる。そこには、腕の半分ほどを覆う痣があった。その痣は、まるで炎が揺らめくように、赤や黒に色を変えている。
「俺も呪われた魂を持って生まれた。これは『炎の呪い』だ。腕には焼けるような痛みを伴い、薬草を飲まなければ、痛みでのたうちまわっているところだ。この呪いのため、親には捨てられ、小さい頃から周りの人間に軽蔑の目で見られた。そして、この痣は年々大きくなり、心臓まで達すれば、俺は命を落とす」
女は真剣な目つきで、旅人の話をじっと聞いていた。
「君のことを救えないと決めつけるのは、私自身の呪いに屈するのと同じだ。この世に呪いがあるなら、それを解く方法も必ずあるはずだ。一緒にそれを探すのはどうだろうか」
女はうつむき、下唇を噛む。その目が左右に揺れた後、ゆっくり口を開く。
「私には、無理だ」
女はぼそりと言った。
「多くの人間の命を奪った私は、呪いから解放されるなんて許されない」
「なぜそんなふうに思うんだ」
「なぜも何も、私はあまりに罪を犯した。この罪が償われることなんてない。私は死ぬまでこの呪いを背負う運命なんだ」
「そんなことはない」
旅人の大きな声に、女はびくりと反応する。
「この世に償えない罪なんてない。ましてや、誰よりも辛い思いをしてきたんだ。君は、救われるべきだ。少なくとも、自分を貶めようとすることの方が罪だ。必ず、俺が君の呪いを解く。神に誓うよ」
旅人の強い言葉に、女はまた黙り込む。その左の目から、一粒の涙が流れた。
「急に、そんなことを言われても困る」
女は涙を拭い、ぼそりとつぶやく。
「あなたの言うことは、正しいかもしれない。呪いのない人生は、幸せに違いないだろう。ただ、今まで呪いと共に生きてきて、それから急に解放されると言われても戸惑ってしまう」
少しの沈黙の後、「一晩だけ」と言葉を続ける。
「一晩だけ、考えさせてほしい。明日の朝には答えを出す」
女はゆっくりとした足取りで、入口の方へと向かう。
「もう絶対に、あなたを襲うなんてことはしないから、ゆっくり眠ってほしい」
そう言い残して、女は小屋を出た。
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