自転車なくした栗原さん

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 明くる日の放課後。相談室にて、少年は事実を以て依頼者を問い詰めた。 「なあ、お前、本当に駅前に自転車停めたのか?」 「だからそう言ってるじゃないですか」 「そう……か…………。無かったことは昨日確認したな。だとすれば、だ」  少年は勿体つけて、しかし口を噤んだ。 「……どうしたもんかな………………」 「そうね……」  生徒会長も態度を決めかねているらしく、珍しく曖昧な態度を取っていた。 「なっ、な、何ですか?」 「はは、紅茶でも飲むか?」  少年は文字通りお茶を濁すようにティーポットを指さして引きつった笑いを浮かべた。 「はぁ……? ……いえ、今日はもう帰ります」  そうか、じゃあ発見したら連絡する。と扉の前の彼女に伝え、その背中を見送った。  扉が閉まるのを確認すると、二人は互いに目を合わせて頷いた。 「さて……と」 「思いの外、根が深い問題ね」 「ああ。なぜこうなってしまったのか紐解くか」 「そうね。状況を整理しましょ。彼女は一昨日、駅前に用があって自転車を停め、戻ると無くなっていた。……と主張している。ここまではいいわね」 「ああ。そして昨日、オレたちの元へ助けを求めに来た。場所と時間を聞き出して、杏奈に監視カメラのハッキングを頼んだ。……だが栗原理沙の姿は見つけられなかった」 「見落としの可能性は?」 「ないな。駅前で自転車を停めるための通路は全て網羅しているし、時間も3時間分見た。細かい場所に記憶はなくても、どのエリアに停めたかくらいの記憶はアテにしていいはずだしな。それでも見つからなかった」 「問題はここからね。なぜ彼女は嘘をついているのかしら」 「あいつが何をどう後ろめたいと感じているか、だな」 「そもそも彼女は自転車を所持しているのかしら?」 「持っていることは確認済みだ。無くなっていることも」 「どんな自転車?」 「一般的なシティサイクルだ。青色のフレームが特徴的だな」 「自転車を盗まれたのは間違いないようね。さて、どっちが嘘なのかしらね」 「時間か、場所か」 「時間から潰していきましょう。彼女は自転車通学で間違いないのね?」 「そうだ。当日も間違いなく自転車で登校している」 「問題はここからよ。何時に下校したのか、ね」 「5時過ぎであることは間違いない。裏は取った」 「5時から8時の映像を確認したということね」 「そうだ。流石に夜になると人は疎らだったな」 「と言うことは無くした場所が違うということかしら」 「消去法ではな」 「消去法では?」 「例えばだが、栗原理沙の自転車を別の人物が乗って、駅前に行って盗まれた、とすると起きている現象と彼女の言う事に矛盾はない」 「それは考慮すべき仮定かしら?」 「分からん」 「保留しましょう」 「では次だ……の、前に。コーヒーでいいか?」 「ええ。1杯いただくわ」  黄昏が差す相談室に暫し漂う香りに落ち着きを委ねると、推理の続きが始まる。 「場所、とするとかなり厄介だな」 「そうね。彼女が行き先について嘘を言っている以上、足取りを辿るのは容易ではないわ」 「だが自転車である以上、この周辺であるってことは間違いないな。大まかな方角でも分かれば」  ああでもないこうでもないと議論が白熱する内に夕日は傾いていく。黄昏が窓を貫く頃、相談室のドアが勢いよく開いた。 「生徒会長、いつまでここに居るのですか。生徒会の仕事が滞り始めてますよ」  長身の爽やかイケメンが扉を開けて入ってきた。制服をキッチリと着て、規則を遵守する模範的な生徒だ。だからそのイケメンは生徒会長が本来の業務に付いていないことに酷く立腹している。  そのイケメンの名は瀬尾戸貴士。誰からも好かれて何事もそつなくこなすタイプの人物である彼は、学年はひとつ下でありながら生徒会副会長として会長を補佐し、サッカー部のエースストライカーというハイスペックスポーツマン。挙げ句、成績はトップクラスで、もちろん周りに対する性格もよく、教師からの信頼も厚い。絵に描いたような優等生だ。  だが少年は瀬尾戸を快く思ってはいなかった。  誰からも好かれる瀬尾戸自身は、本当の意味で誰をも快く迎えるタイプの人物ではなかったからだ。  現にそのイケメンは、表向きは丁寧だが、心の底で少年を見下すような態度をとるのが透けていた。少年はそういう空気に敏感なタイプだから余計に鼻についた。だがそれは恐らく他人には感知できない絶妙なマスクで覆われていた。  そして忌避すべき最もな理由がある。それは、恐らく――――― 「すぐ行くわ。……またあとでね」  部屋を出る真理愛の向こう、忌々しく睨む少年は閉められた扉すら睨んでいた。社会的なステータスにおいて瀬尾戸が圧倒的に優れていることも、生徒会長と美男美女カップルだともてはやされることも、そういった空気を跳ね返すだけの力が足りないことも、少年は少年自身を許しがたく、悔しかった。  その気持ちを知ってか知らずか、出て行った瀬尾戸は生徒会室へ向かう道中で少年について思うことを率直に生徒会長に述べたのだった。 「彼はそんなにいい人材ですか? いつも気怠げで、授業中は起きているか寝ているか分からないような態度だというし、そのせいで教師の評価もあまり良くない。友人は殆どおらずテストの成績も中堅。運動はそこそこできる程度だと聞いていますが」 「彼をそう評価するのなら、あなたもまだまだね。もし生徒一人ひとりを見る目があるのなら、彼を見初めるのはそう難しいことではないはずだけれど? 尤も……彼を使いこなすのは容易じゃないと思うけれど」 「しかし……」 「それにあなたはサッカー部のエースでしょ?この手の厄介事に首を突っ込むのは、彼みたいな暇人の方が相応しいわ」 「暇人って……そんなやつに……」 「逆よ。暇人にしかできないことだから、暇人に頼んでいるの。その暇人の中でも彼はピカイチの実力を持っているわ」 「実力?」 「あなたにはあなたの、彼には彼の、得意な分野も持ってるスキルも違うということよ」  あの覇気のない少年にどのような力があるのか、いや、なぜそこまで彼女を惹きつけるのか、彼はそこに興味があった。  しかし会長は核心について何も答えず、不敵に笑うだけだった。 「それはさておき、部活動の予算案、まとめておいてくれたかしら?」 「ええ。勿論です。全国大会に出場した剣道部、サッカー部、ラクロス部は増額、部員数が少なく目立った成績のなかったバレー部、野球部は減額、文化部は昨年通りという形です。」 「そう。……ラクロス部?全国大会に出てたかしら?」 「昨年の大会で全国大会に初出場、ベスト8です」 「ラクロス部について詳しく聞かせてもらえるかしら。私もよく知らなかったのだけれど……そんなに強かったかしら」 「ラクロス部は一昨年から新監督の元、急成長を遂げ、僅か二年で全国大会出場となりました。」  瀬尾戸は淡々と諳んじてみせた。彼の脳内には副会長として役に立ちそうな記録の記憶が所狭しと並んでいる。 「その急成長、どう考えても普通じゃないと思うのだけれど。……何が起きているの?」 「新監督の厳しい練習と、1年の栗原、2年の松田、山口ら有力選手が在籍しているからでしょう。特に栗原は1年生ながら入部当初からレギュラーの地位を確固としていて、日本代表にも選ばれるのではないかと噂されています」  参考までに、と示された試合の動画を瀬尾戸から観せられた真理愛はラクロス部の真の姿を目の当たりにした。 「なるほど……そういうことね……」
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