真に強い人

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真に強い人

 氷の杖を持ち、雪の結晶模様が散りばめられた真っ白なローブを着たヒイロと、金色の2本角が目立つ漆黒のフルマスクと、全身に紫の魔力線が流れる漆黒のアーマー姿のヴァンジャンスが、男の子を守る3人のさらに前に立つ。すぐにヒイロがリーダーらしき人物に言葉をかける。 「お怪我はないですか?」 「あぁ大丈夫だ。助太刀感謝する」  魔人特有の黒く大きな羽を持ち、身長が高く厚い筋肉で覆われた体格の良い、見るからに肉弾戦がメインだと思われる男が返事をする。その隣にいた細剣を持った細身の銀髪の魔人の男は、助っ人に来た幼い少女と見たことのないヴァンジャンスの姿にはじめは戸惑い、次にその2人から溢れ出る魔力量を見て、少し警戒もしていた。  ヴァンジャンスは冷静に自身達の戦力と魔獣、そしてこの状況を見て、提案する。 「見たところ、あんたらもかなりの力量を感じる。5人ならこの子を安全に守りながらも逃げることも……戦うことも出来そうだが、どうする?」  その問いに龍人の特徴である2本の角と尻尾がある女性が答える。 「そうねぇ……私たち3人でも倒せたけど、見たことのない素敵な助っ人も来てくれたことだし、一緒に戦いましょう!ね、アンラ、ルシフェル」 「あぁ、アグレイアの言う通りだ。助っ人に来てくれた君たちもそれでいいかな?」  アンラと呼ばれたリーダー格の男が二人に確認する。 「俺は元々そのつもりだから構わない」 「僕も依存はありません。どのように戦いましょう?僕は見ての通り、氷魔法主体の魔導士で、ヴァンは肉弾戦主体の近距離戦闘です。」 「わかった。お嬢さんの名前は?」 「ヒイロです……ちなみに男です」 「……よし!ならヴァン君と俺が前衛、ルシフェルが中、後衛にヒイロ……君とアグレイア。アグレイアは攻撃よりも守り主体でその子を守ってやってくれ」 「あぁ」 「わかったわ」 「はい!」 「了解した」 「よし、いくぞ!まずは周りのガルムから、ヒイロ君とルシフェルが魔法で先制攻撃。アグレイアは守り、俺とヴァン君でギンガルムだ!」  アンラの掛け声に一斉に動く。  その様子を見ていたガルム達も一斉に飛びかかってくる。初めに攻撃をかけたのはヒイロだった。 「氷魔法 《アイシクルアロー》」  氷属性の中級魔法であり、威力は高くないものの集団戦に向いている魔法である。さらに氷神シヴァの能力により、威力とスピード、そしてその数が大幅に強化された数十本にもなる氷の矢が次々とガルム達に飛んでいく。素早さに長けるガルムでも、流石に避けきれず、次々と突き刺さっていく。  かなりのダメージを与えたものの、致命傷まではいかなかったヒイロの魔法に合わせて、魔法剣士であり、攻撃魔法も得意とするルシフェルが同じく魔法を放つ。 「風魔法 《ソニックブーム》」  風属性の上級魔法で、真空の刃を作り出し、ヒイロの魔法で動きが鈍くなったガルム達を次々に切り裂きトドメを刺していく。  ヒイロとルシフェルの強力な魔法に8匹いたガルム達も3匹を残して全て倒されていく。そして、その状況の隙を見てヴァンジャンスが動く。魔法に気を取られていたギンガルムにハイスピードで近づき、思い切り脇腹あたり殴りつける。大きなインパクト音ともに衝撃波が放たれ、攻撃されたギンガルムは大きな爆発とともに、後方にいたガルムを巻き込み、共に後方へと吹き飛ばされる。  3人の攻撃から唯一逃れられた2匹のガルムは、本能なのか、狙ってなのか、一番弱い子どもに狙いを定め、襲いかかってきた。 「光魔法 《ホーリーランス》」  龍人の女性アグレイアが放つ、数少ない光属性の攻撃魔法にて上級魔法。アグレイアの周りに形成された光輝く4本の光の槍が、子どもに襲いかかって来た2匹のガルムを、頭上から降りかかるように串刺しにしていく。目の前までガルムが迫り、必死に身を守るようにうずくまっていた男の子を、何事もなかったように笑顔で微笑むアグレイア。  その直後、先程ヴァンジャンスに吹き飛ばせれたギンガルムが大きな雄叫びと共に戻ってくる。手下のガルムがクッションとなり、ある程度のダメージで済んだが、そのガルムを含め全ての配下が倒されたことに、銀魔狼ギンガルムは怒り狂い、さらなる大きな雄叫びと共に、自身の持つ最強の魔法を展開する。 《エアロバースト》  風属性の上級魔法であり、暴風吹き荒れる風が、球状に圧縮されたかと思うと、ギンガルムを真正面から攻撃しようとしていたアンラに放たれた。避けることもなく、ただ立っていたアンラに魔法は直撃し、大爆発を起こす。その大きな爆風にヒイロとヴァンジャンスも心配したが、ルシフェルとアグレイアは、何事もないように見ている。 「《魔神流 魔闘気》」  舞い上がった粉塵がアンラから放たれる闘気で突風が巻き起こり、飛ばされるとそこには無傷のアンラが黒いオーラを纏い、足を肩幅より広く開き、腰を少し落とし、左手を胸の前、右手を脇腹付近に引き、構えをとっていた。 「《魔神流 正拳突き》」  アンラがそう言い放った瞬間、ヴァンジャンスを軽く超える高速でギンガルムの正面に近づき、ギンガルムの胸に思い切り右手で正拳を放つ。その威力は凄まじく、アンラの動きに全く反応出来ないままギンガルムの胸は吹き飛ぶように貫かれた。その威力は、胸から背中にかけて大きな穴がぽっかりと空き、ギンガルムはそのまま絶命していた。  その姿に子どももヒイロ達も思わず、 「す、すごい」  と、自然に言葉が漏れる。その様子をみて、警戒心を緩めたルシフェルが笑顔で話しかける。 「終わりましたね、皆さんお怪我はありませんか?」  ヒイロもヴァンジャンスを首を振りつつ、男の子の方を見る。大きな傷はないものの、転んでしまったのか膝が大きく擦りむけていた。 「命に別状は無さそうだけど、いま治すわね。《ヒール》」  アグレイアは光属性の初級魔法にあたる回復魔法を唱え、子どもの傷を治す。ヒイロとヴァンジャンスは能力を解除し、改めてその3人を見て、呼吸一つ乱さない様子に、今の戦闘に対して、3人が全く本気を出していないことに気付いた。 「さてと、無事に戦いも終わったし、どうする?この子をここに残すのも危険だろうから、俺達はとりあえず街の衛兵に届けるために戻るが、君たちはどうする?」  アンラの問いにヒイロとヴァンジャンスは顔を見合わせ、ヒイロが答える。 「僕たちは来たばかりなので、もう少し残ります。気持ちと言っては何ですが、ガルムの素材はいりませんので、その子のために使ってあげてください」  少し驚いた顔をしながらルシフェルが言葉を返す。 「いいのかい?ガルムの半数は君たちが倒したのだから、半分に分け合っても我々は構わないが……」 「あぁ、その子のこれからを考えるとお金はあったほうが良いだろうし、俺たちはまだ冒険者ギルドに入れる年齢でもない。ただの腕試しに来てるから、荷物があるとかえって邪魔なんだ」  ぶっきらぼうに答えるヴァンジャンスに、3人は笑顔を見せ、アンラが話す。 「若いのに良い知識人族だな。また出逢ったら、その時はゆっくり話そう。それと安心してくれ、子どもも、素材も責任を持って大切に扱う。それじゃあまた、武運を」  そういいながら、アンラは不安そうにしている子どもを優しく抱き抱え、入り口の方へと戻っていく。 「ありがとうございます」  ヒイロは頭を下げて見送る。ヴァンジャンスも珍しく関心を示し、その3人の底知れない強さに驚いていた。 「知識人族を差別しない良い人達だったな。それに凄まじく強い」 「あぁ、昔の人の言葉で、《真に強い人は、皆優しい》って言葉がぴったりの人達だったな!」 「ヒイロ……誰の言葉だ、それ……」 「……よし!続きだ続き!俺たちも早くガルムを倒しに行こうぜ!!」 「そうだな。とりあえずさっきの戦いで、俺達の修行は間違いじゃなかったと証明できたしな」  2人はそのまま魔狼ガルムの探し続ける。ようやく2人が目標を果たし、満足して街に帰ったのは夕飯の時間に差し掛かる頃だった。  もちろん、ガルムを探し出す事に夢中で、次の日の最終試験のことはさっぱりと忘れていた2人だったため、帰宅後は恒例のミコルの説教が待っていたのだった。
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