忌子とお告げ

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忌子とお告げ

 その神父は、いつものように寝酒を飲んだまま教会の脇にある住まいのリビングでうたた寝をしていた。ところが、急に近くで赤子の泣き声が鳴り響く。普通の知識人族なら気づかないであろう深夜の赤子の泣き声に、元高ランク冒険者でもあった神父は一旦、目を覚ましたが、隣か近所の赤子の夜泣きだろうと再び眠ろうとする。  だが、目を閉じた後で気付く、ここ最近赤子が産まれた記憶はない。数十年前の天罰を受けてから知識人族は、神への恐怖からか、信仰心が厚くなり、産まれた赤子を必ず近くの教会にて祈りを捧げる習慣が出来た。そのため、神父は近所ならある程度の赤子を把握していた。そして急に不安が芽生えた神父はすぐさま家を飛び出て、泣き声のする隣の教会の方へと走る。  すぐさま教会の入り口で階段にもたれかかるようにうずくまっている人影を見つける。神父は急いでそのまま教会へ運び入れると、衰弱した親子の手当をする。元冒険者であった神父は、すでに母親だろう女性が手遅れであることを見て悟ったが、ダメ元で高位の回復魔法をかけ、少しでも状態を回復させるように努力する。  だが、回復薬を飲み続けて逃げてきたマリアにとっては、高位の回復魔法の効力も微々たるものであった。それでも瀕死で意識を失っていた状態からかろうじて意識を取り戻したマリアは真っ先に目の前の赤子を見る。  先程まで泣き続けていた双子は、急に落ち着き、死んだと思い絶望していたマリアに、どちらも穏やかな笑顔で笑いかけるように微笑む。  マリアは我が子の笑顔に微笑み返し、生きているのを確認すると、母親としての最後の責務を果たそうと、目の前にいる見知らぬ男に命の焔を燃やし、言葉を託す。  「こ、子ども達を……私の子ども達をどうかお願い……し……ます」  それだけの言葉を残し、マリアは生き絶えた。神父も状況が状況だけに戸惑ってはいたものの、ある程度の事は理解し、覚悟を決めた。  亡くなったばかりの女性を見て、身なりの良さから知識人族の数少ない貴族だろうと推察した。そして生後間もない、2人の赤子も同じ知識人族。あまり似ていないが、この2人の赤子は双子で、母親が子どものために逃げて来たのだろうと理解した……知識人族の双子は今の世界では、誰もが知る最も呪われた禁忌、忌子として、生まれながらにして差別、迫害の対象であり、産まれた直後に殺されてしまう場合も多かったからだ。それが貴族なら尚更であり、母親と思われる女性は、この双子がなんらかの処分を受ける前に逃げてきたと推察された。  神父は独身だった。子育ての経験ももちろんなく、この知識人族が生きていくには難しい時代で、スラムと化したこの知識人族の地域も、母親が亡くなった今、必ず災いになるだろうとされる双子を見て、神父と言えど見ぬ振りして、このまま近くの森に置き去りにしても、誰も文句は言えなかった。  ……だが、神父はそれができなかった。一つ目は神父自身がある理由から、差別に苦しんだ経験があったため。二つ目は、この神父が根っからの優しい人格であったためだ。結局、双子を捨て置くことも出来ず、この状況を整理し、母親の亡骸に優しく抱かれながら笑顔で眠っている双子を見て、神父は最善の行動を考える。  母親を教会の裏にある共同墓地に埋葬しながら悩んだ末、良い引き取り手も思い浮かばず、唯一思い浮かべたのが、教会の中には孤児院を開いている所もあったため、双子の親になるかどうかは後にして、とりあえず自分が面倒を見るしかないと決心したのだ。  神父は目の前にいる双子の赤子を見て、まずは名前を……と、考えてはみたが、それも思い浮かばず、すぐに困り果ててしまっていた。そして何も浮かばないまま、神頼みと言わんばかりに、神父は双子への忌子の祓いと、これからの祝福を込めて、ベットで寝かせていた双子を優しく抱き取り、祭壇にそっと移し、神への祈りを捧げたのだった。  双子への祓いと祝福の祈りを神に捧げたその瞬間、その神父は生涯で初めて《神の声》を聞くことになる。この世界では稀に神からのお告げが下されると言われている。しかし、それはその神父より遥かに階位が高い、長年、神に尽くした教皇や特殊な能力を持つ聖女、または他種族の長老と呼ばれる特別な存在のみだった。  だが、神父はこの日、確かに神のお告げは聞いた。お告げの内容は双子の名前だった。金髪の子が《ヒイロ》、黒髪の子が《ヴァンジャンス》と言う名前をそれぞれ神から賜ったのだ。  お告げは、他の世界では、その世界を創世した神がある程度、干渉せずに世界を自分の思った方向に導く手段として、使用されるシステムであったが、この世界の創造主アケディアスは、もちろん寝てしまっていたため、その代理となる天使族が、代行者として行っていた。  ただこの時だけはイレギュラーが起こり、天使族が気付く前にある者が乱入し、無理矢理、短いお告げを行った。もちろんそれはプレゼントをしたある高位の神。その神は神父に対し、子どもの名前と祝福だけ述べたのだった。  お告げを聞いたその神父の名は《ノミル・ピースベル》。元冒険者であり、ある病気で冒険者を諦めることになった時に、縁があった老人神父に頼まれ、この教会を受け継いだ異色の神父でもあった。  そのノミル神父の教会は小さく、神父自身もまだ成り立てで、階級が低いため、裕福ではなかったものの、困っている人を無償で助けるような人物だったため、神のお告げに素直に従い、神父は双子を教会で育てていくことを改めて決心した。  それから数年間、何故か生まれた時から似ても似つかない双子を大事に育てた。大きくなるにつれ、2人の性格も顔もさらに違い、ヒイロは優しく正義感溢れる明るい性格で、ヴァンジャンスは限られた人としか関わりを持とうとせず、無口で一人でいることが好きな性格だった。  双子が暮らす教会には、双子の他に、ノミル神父の唯一の肉親である、妹の《ミコル》が住んでいた。両親を早くに亡くしたピースベル兄妹は、ある理由から、住んでいた場所を出て、兄ノミルが冒険者として活躍しながら、歳の離れた妹ミコルを養っていた。だが、それも病気によりやむなく引退を余儀なくされ、冒険者時代の縁により兄が神父となった教会で、妹ミコルもそのまま教会に入り、修道士 シスターとして兄を手伝っていた。  もうすぐ10歳となる双子の記憶の中には本当の両親の記憶は全く無い。ノミル神父を本当の父親だと思っていた。そして母は、双子の出産と同時に病気で亡くなったとノミルから聞いており、ミコルが双子にとって姉であり、母親にも等しい存在だった。  その2人のおかげで、双子は今まで寂しいと感じる事は一度もなかった。何故ならその誰にでも優しく、いつも明るくて面倒見の良いミコルと、正義感が強く清廉潔白の兄ノミル、そのピースベル兄妹の優しい愛を充分すぎるほど感じ取ることが出来たからである。  そして何よりもう一つ、気付いた時には一緒だった。姿、形は違っても、性格も行動も真逆の2人だったが魂の記憶なのか……血の繋がりなのか……お互いにお互いを、自分そのもののように感じており、いつも隣にいる存在、それだけで不思議と寂しさを感じなかったのだ。
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