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2話
外は知らないうちに暗くなっていた。もう一番星が見えている。
葉の落ちつくした街路樹の並びを抜け、人通りの多い交差点を超える。あのドラッグストアの角を曲がれば駅だ。落ち着きなくドアのロックをカチカチと鳴らす。都内の地下鉄の小さな駅。高いビルとビルの間にある駅の入口に、
――いた!
私は車から出て走っていき、大きな体に抱き着いた。
「うわっ真凛! あれ、でかくなったね⁉ 成長期⁉」
一華は大きな瞳を更に大きく見開いて、私を抱きとめてくれた。逞しくてあったかい、私のお母さんだ。
重いよ~と言いながら私を抱えて、狭い駅の入口でコマみたいに回った。前より十センチ分、近づけた気がするのが嬉しい。
ガンッ
つま先に衝撃が走る。私の足は自分が思っているよりも長いようで、脇に停めてあった自転車を何台かなぎ倒した。通行人が驚いて振り返る。
「何してんだよっ」
一輝が慌てて駆け寄ってきて自転車を起こす。怒った風に言うけど、嬉しそうな表情が隠せてない。
「二人とも、ただいま~」
一華はくしゃりと目を細めて笑った。
「一華、遠征はどうだった? どんなことしたの?」
助手席の後ろから顔を突き出して土産話をねだる私に、一華は肉マンを頬張りながら答える。
「主に向こうのクラブチームとの練習試合かな。ビデオ見る? もうアップされたと思うよ」
それを聞き、一輝が運転席から手を伸ばしてカーナビの電源を入れる。暗い車内で小さな画面が浮き上がった。メニュー画面が表示されたところで、一輝の手が止まる。
「も~貸して」
私は運転席と助手席の間から身を乗り出し、画面操作の主導権を奪い取った。入力を切り替え、お目当てのアカウントにログインし、一番新しい日付の試合動画を選択する。
これだから平成初期の人間は。動画の再生ひとつできないんだから。
「ふはっ。若者は違うね~。あ、これこれ」
肉マンを食べ終わった一華は、今度はグレープフルーツ味のプロテインをごくごく飲んだ。
動画が再生されると、一華の顔が全面に現れた。カメラはそのまま引いていき、タイトな青いユニフォームに身を包む一華の全身を映し出した。
金髪マッチョの外国人選手と競り合い、一つのボールを奪い合う。
私の母、市川一華は、女子ラクロスのトッププレイヤー。
日本代表選手として今日まで数週間、本場アメリカに遠征していた。
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