第二章① side;カド

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 輪の中にいたハルに「帰ろう」と声をかけると、昨日と同じように、ハルは自転車を押してついてきた。周りにいた部員が「お迎え来たぞー」とか雑に囃し立ててきて、気が気じゃない。  だけどハルは声色ひとつ変えずに「はは、またね」といつも通り笑った。別に、部員の軽口も、ハルも、なにも変わらなかった。  誰一人、俺の心情には気付いていなくて、石本の言う通りだなと思った。  肉まんを半分こしたあの日、俺とハルの間には自転車分の距離があった。でも今、ハルは俺がいない方の隣で自転車を引いてくれている。  カタカタカタカタ。  親み始めたハルの自転車の音は、浮かれた温風で膨張して締まり無い。緩んだ口から期待が飛び出す。 「あのさ、ハル。帰り、俺を待ってたりするか」  思い上がりだと思われるだろうか。 「え。うん。一緒に帰るんじゃないの」  ハルは、なにも気にせず前を見て言った。 「もちろん。一緒に帰ろうな」  嬉しい。俺と帰ることを、誘われるのを当たり前だと思ってくれて嬉しい。俺といることを受け入れてくれているのも嬉しい。頬が緩む。  ハルに踏み込みたい。 「あのさ、ハルって音楽好きって言ってたよな。よければハルの好きな曲とか教えてくれないか」 「え。カドって音楽聴いたりするっけ」  ハルが少し驚いた様子で俺を見上げる。 「あまり聞かないな」  目が合う。俺は耐えられなくなって、少し視線を外した。 「じゃあなんで」  心底疑問、といった顔で、ハルは俺の目をまっすぐ見つめる。  なんで。そんなの決まっている。ひとつしかない。  夜空を見上げて、俺は言う。 「ハルのことを知りたいからに決まっているだろう。ハルの好きを理解したい。音楽の好みだけでなく、嫌いなものも、何もかも。まだあまり知らないからさ、教えて欲しい」  勢い余って、ハルの瞳とぶつかった。相変わらず綺麗で、吸い込まれてしまいたいくらいだ。  いくらかの沈黙の後、今度はハルが瞳を逸らした。耳まで段々と、色づいていく。 「……わかった」  カタタタタタタ。  あたりは静まりかえって、自転車の音だけがやけに響く。吹いていた温風は、いつの間にか夜風らしく涼しくなっていた。タイヤまでもが緊張している。 「じゃあ明日、お気に入りのアルバム何枚か持っていく。部活の時に渡す」  平坦な声を出したハルは、自分の足元を見つめて、耳を真っ赤に染めたままでいる。  俺は何かおかしなことを言っただろうか。 「ありがとう。楽しみにしている。俺は、配信サイトで時々しか聞かないからな。わざわざアルバム買うとは本当に好きなんだな」  俺はハルのつむじを見て柔らかく微笑んだ。 「うん」  ハルが小さな声で頷くと、それ以上、帰り道に会話は無かった。ハルが顔を上げることも無かった。  俺は、ふわふわとなびく、ハルの長めの髪の毛を飽きずに眺めた。  やはり夏の夜は何処からか、あかりが漏れていた。  
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