第一章 ① side;カド

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「起立。気をつけ。礼」   毎朝の号令は、学級委員長である俺の仕事だ。気を引き締めなければ。 「おはようございまーす」  クラスメイトたちの、暑さに嫌気が差しはじめた声がこだまする。 「はい。みなさん、おはようございます。暑くなってきたので、水分補給はしっかりとしてくださいね。それから、受験生として勉強に励むのはいいですが、しっかり睡眠はとりましょうね。良質な睡眠こそ勉強の資本ですよ」  長袖のワイシャツを腕まくりしただけの担任の大元は、開口一番言った。今日も今日とて、眉を自信なさげに下げて、男性にしては高めの柔らかい声で教師然としていた。  大元を見ながら、俺はさっき佐藤に言われたことを考えた。大元も俺のことを心配してくれているのだろうか。  教卓上の大元はそれからもつらつらと本日の連絡事項を述べていく。  途中、目があったような気がしたが、どこか気まずくて思わず目を逸らした。大元は特に気に留めず話を続けていたから、気のせいだといい。 「では、今朝の連絡事項は以上です。門田くん、号令お願いします」  今度こそはっきりと俺を見て呼びかけた。 「起立、気をつけ、礼」  ホームルームが始まる前と全く同じ声になるように、俺は意識して号令をかけた。 「ありがとうございましたー」  クラスメイトもまた同じように、間の抜けた挨拶をしていた。 「ねえ。大元せんせー。あのね、ここ昨日自習してたらわからなくてさ。教えてもらえませんか」  クラスのマドンナが大元に話しかけると、クラス中が色めきだった。二人は付き合っているという噂があるからだ。  俺にはそうは見えないけれど。思いあっているならば、軽率に大勢の前で話しかけたりしないだろう。もっと大事にする。  みんなだってきっとわかっているはずだ。それでも、噂に飛びつきたくなるくらいには、健全で、平凡で、退屈なのだ。  俺はくだらない噂に耳を塞いだ。俺やあの子、友人たちの気持ちまでもが消費されていかないように。他の人のように流されるふりができれば、俺はこんなにもあの子を好きになったりしなかったのだろう。  見えない進路と、思うようにいかない恋に、必死にしがみついている。  
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