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第一章② side;ハル
わかりきっていたこと。それなのに縋ってしまった。もう、限界かもしれない。
高瀬先生の首元にはつい最近ネックレスがついた。ネックレスがついたのは、高瀬先生の誕生日の翌日だった。
僕、三倉春久は汚い東京の夜空を見上げていた。星が見えるなんて、曲のようなこともない。ただ、カドと目を合わせることもできない束の間、都合よく見上げただけだ。
星降る夜は願いが叶う。そのはずなのに、夢を見て東京に出てくれば、降る星などない。なんだか、永遠に叶わないと言われているようで嘲笑いをする。
学校から出て自転車を押しながらコンビニへ向かう。僕の家の方向だ。自転車で二十分、新居と学校までの距離。
タイヤの途切れぬ回転と、放射冷却で冷えきったコンクリートの道を見つめて、いつもの僕に戻る。
僕は自転車を間に挟んで、カドと並んで歩いて行く。
一言も喋らない自転車越しのカドを見れば、果てない未来を見つめていた。僕の足音とは違う。迷うことのない足音はぶれない。
それなのに、僕にずっと耳を澄ましている。
僕が顔を上げた僅かな音に反応して、カドの黒目が僕と交差した。すぐに逸らされる。
辺りの熱をすべて吸い取って、カドは耳まで真っ赤に染まった。
「ハハハ」
思わず笑いが漏れた。正直な反応が痛くて、目を伏せる。カドが温度を吸い込むから、夏なのに、コンクリートの地面はどんどん冷えていく。
「なんだよ」
カドはそう言ってむくれた。そっぽを向いたフリをしているのに、口角が上がっていく。
僕は驚いた。カドは本当に嘘がつけない。
「夏に発売する肉まんってあったかいのか」
溜め込んだ温度を優しく浮かべて、カドはほのかに笑って聞いてくる。
視界の奥に、目指すべき灯が輝いている。
「冷たい肉まんなんて、僕食べたくないよ」
僕は知らない車のヘッドライトに照らされてできた、歪な自分の影と向き合って言う。
「ほかほかだから、あれは美味しいんだよ」
どんなにかいいだろう。僕が、カドのその熱を受け入れることができたら。
カドは温かい。きっと、僕はコンクリートの冷たさに怯えなくて済む。
醜い顔をしているだろうから、影に隠れて見えなくて良かった。星が見ていなくて、もっと良かった。
「へえ。冷たい肉まんを食ったことないから、知らなかったな」
カドは疑うことを知らずに、僕を信じている。ずっとそうだ。まるで、こわれものに触れるみたいに、僕には優しくする。たぶん、嘘だと知っても、僕を信じてくれる。
いいなあ、その熱。僕だって、持てれば良かったのに。
「それに、アイスの場所がなくなっちゃうでしょう」
僕はなんだか悔しくなって、適当を夏の温風に吹かした。
「なるほど」なんて、素直に眉間に皺を寄せて考え始めたカドは知らない。
カドに好意を寄せている女子がそこそこいることを。
百八十センチ越えの高身長に夢を見られていることも。首元にかからない短髪が、真っ直ぐなのに柔らかくて、お日様の匂いがすることも。切長の一重に、整った威勢のいい眉毛、不器用が似合う薄くて形のいい唇も。そこから紡がれる温もりも。日焼けした筋肉質な体に、焼きついた誠実も。
そのすべてが魅力的に映っていることも。自分の可能性なんて、これっぽっちも信じられない優柔不断な僕らには、ひどく眩しいことも。
仕方ないか。カドは星ばかりを夢見ている、太陽だもんね。
おかしくなって、跳ねるように僕は言う。
「あーあ。なんのアイスにしようかな」
「あ。だから、アイスと肉まんは一緒に買うのか」
「何がさ」
「一緒にコンビニを支えているんだろう」
「はは。何それ、しーらないっ」
「違うのか」
「だから、知らないってば」
やっぱりカドはおもしろい。僕の適当に真剣に意味を見つけるから。
僕を、素敵な人間にさせる。
僕はずるいから、寄りかかりたくなってしまうよ。
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