メアリ、走る。

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 メアリは一直線に彼らに走る。  草の揺れる音に振り返ったのは、メアリの兄。  メアリは愛する兄をよそに、その隣に立つ令嬢へ向けて足を蹴った。体当たりするように飛び掛かると、令嬢はその勢いに負けて転倒する。柔らかな草地は衝撃を吸収するが、か弱き貴族令嬢は顔を顰めた。 「こら、メアリ。やめなさい」  兄が諫めるが、メアリは聞かぬ。ぐりぐりと顔を押しつけて、令嬢の身体を兄から離そうと試みる。悲鳴など知ったことではない。  離れろ、忌々しい女め。  不機嫌さを隠そうともしないメアリのようすに、兄は(いぶか)しみ、見守っていた護衛たちも近づいてくる。 「殿下、どうなされましたか」 「僕は平気なんだが、メアリが……」 「こ、これは――っ」  片方の護衛が気づく。メアリが覆いかぶさっている令嬢のすぐ脇に、光輝くナイフがあったのだ。  守り刀を所持する貴族は多い。それは子女であっても例外ではなく、警備の厳しい王宮であっても咎められることはない。まして彼女は王太子の婚約者だ。名のある伯爵家の令嬢であり、必要以上に疑うのはむしろ失礼にもあたる。  だが、それが剥き出しの刃であれば話は別だ。  護衛が拾い上げたそれを見て、令嬢は顔色を変える。護衛もまた、顔色を変えた。  王家の護衛は暗殺に対処するべく、多くの知識を宿している。その彼が、陽光に輝く刀身になにかが付着していることを見過ごすはずもない。 「これは、どういうことですか」 「し、知らない! 私は悪くない!」  声を震わせる令嬢をメアリは睨む。殺気にも似たまなざしに令嬢は怯み、悲鳴をあげる。  ただならぬ騒ぎに人が集まってくるのに、さして時間はかからなかった。
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