メアリ、走る。

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 兄は、今日も婚約者の伯爵令嬢と会っているという。朝食の折、そう語っているのを耳にしている。  初めのころは、紹介され、共に過ごすこともあったが、最近では遠ざけられている。大好きな兄と引き離され、メアリは歯がゆい思いを抱えていた。  侍女がブラシで梳くと、メアリの美しい黄金色が輝く。  艶やかなそれをまとめるように飾られた赤いリボンは、兄からのプレゼント。誰もが誉めそやす美しさを持っているメアリであるが、しかして我儘な娘でもある。落ち着きのないメアリを侍女がやんわりとたしなめるが、今日はいつも以上にもどかしい心を持て余す。  行かなければならぬ。  無性に気が急いて仕方がない。  侍女の手が離れた隙に、メアリは飛び出した。 「あっ!」  シーツ交換にやってきたメイドが開けた扉をすり抜けて、メアリは長い廊下を走る。  すれ違う使用人たちが驚きの表情で見やるが、誰もメアリを止めることはできない。  メアリの足は速い。持久力もある。  ふっくらとした絨毯敷きの廊下を駆け、階段を一足飛びに降りていく。使用人らの腰ほどの背丈しかないメアリであるから、皆が気づいたときにはすでに手の届かぬ位置へ進んでいる。  兄がいるのはおそらくこちらだ。  令嬢と過ごすのは、南の庭園。そこを目指して、メアリはただ走る。  青々と茂る草木の匂いが鼻をかすめる。花の蜜より、こちらのほうがメアリは好きだ。  生垣で区切られた散策用の道を抜け、メアリはその先にある開けた草地へ向かう。休憩用の四阿(あずまや)があり、整備された草地はガーデンパーティにも使われる場所。王太子と、未来の王太子妃の逢瀬である。遮蔽物もないそこは、不審者対策に相応しい。  護衛は近寄りすぎず、されど彼らが視界に入る場所で見守っていたところ、黄金色が視界を走り、赤いリボンが風になびいた。メアリである。
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