17人が本棚に入れています
本棚に追加
兄は、今日も婚約者の伯爵令嬢と会っているという。朝食の折、そう語っているのを耳にしている。
初めのころは、紹介され、共に過ごすこともあったが、最近では遠ざけられている。大好きな兄と引き離され、メアリは歯がゆい思いを抱えていた。
侍女がブラシで梳くと、メアリの美しい黄金色が輝く。
艶やかなそれをまとめるように飾られた赤いリボンは、兄からのプレゼント。誰もが誉めそやす美しさを持っているメアリであるが、しかして我儘な娘でもある。落ち着きのないメアリを侍女がやんわりとたしなめるが、今日はいつも以上にもどかしい心を持て余す。
行かなければならぬ。
無性に気が急いて仕方がない。
侍女の手が離れた隙に、メアリは飛び出した。
「あっ!」
シーツ交換にやってきたメイドが開けた扉をすり抜けて、メアリは長い廊下を走る。
すれ違う使用人たちが驚きの表情で見やるが、誰もメアリを止めることはできない。
メアリの足は速い。持久力もある。
ふっくらとした絨毯敷きの廊下を駆け、階段を一足飛びに降りていく。使用人らの腰ほどの背丈しかないメアリであるから、皆が気づいたときにはすでに手の届かぬ位置へ進んでいる。
兄がいるのはおそらくこちらだ。
令嬢と過ごすのは、南の庭園。そこを目指して、メアリはただ走る。
青々と茂る草木の匂いが鼻をかすめる。花の蜜より、こちらのほうがメアリは好きだ。
生垣で区切られた散策用の道を抜け、メアリはその先にある開けた草地へ向かう。休憩用の四阿があり、整備された草地はガーデンパーティにも使われる場所。王太子と、未来の王太子妃の逢瀬である。遮蔽物もないそこは、不審者対策に相応しい。
護衛は近寄りすぎず、されど彼らが視界に入る場所で見守っていたところ、黄金色が視界を走り、赤いリボンが風になびいた。メアリである。
最初のコメントを投稿しよう!