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第一話:吊り橋とカッパの親子と地下室のサクラ(十)
店に入ると、トランクに入っていた毛布を被せた自称カッパを、笑顔ながらも怪訝な目で迎えた店員に「ちょっと川に落ちてしまってね」などと誤魔化しつつ試着室へと押し込み、二人は適当に見つくろった着替え一式を放り込んだ。
「できればスカートの方が……カッパと言えばやはりスカートですし……どうせワタクシのお金で買うわけでしょう……?」
「贅沢言うな!
さっさとしろ!
っていうかお前の中のカッパの設定ってのはどういうことになってんだよ!?」
思わず声を荒げるトールをユサギがなだめていると、やがてカーテンが開かれた。
試着室の中には、鏡に向かって「やっぱりスカートじゃないといまいち……」などとまだぐちぐち言いながら、書類の束を持ち眼鏡を小指の先で上げるような仕草など、キャリアウーマン風のポーズを幾つか決めているスーツ姿の中年男性の姿があった。
「まぁ……とりあえず外見はそれっぽくなったみたいだけど……中は?
あの下着もちゃんと着替えたのか?」
その背後からトールが不機嫌そうに尋ねると、
「下着って……あぁ、ウロコのことですか?
いやいや、あれは体の一部なんですよ、カッパってそういうものじゃないですか。
なぜか絵とかには描かれないみたいですけど、カッパはみんなこの辺りにだけ黒いウロコが生えてるものなんですよ、ご存知ありませんでした?」
と自称カッパは鏡越しにスーツの上から胸と股間を押さえて見せた。
「このくそが……!
先生、やっぱりやめましょうよ、こんなやつを連れて帰るのなんて……」
トールが苛々とユサギを振り返ると、
「まぁいいじゃないか。
自称だろうがなんだろうが、カッパだと主張している限りはカッパとして扱うことにしたらいいんだ。
その上で、カッパであることを盾に、人間では決してできないような倫理やコンプライアンス的な問題を一切無視した、面白おかしい各種の実験台になってもらおうと思っているんだよ。
そうだな……とりあえずは、『猛獣に襲われて咬み付かれた時は、逃げようとせず逆に喉の奥に自ら突っ込んで行った方が、猛獣が吐き出したり窒息したりして助かる』説が本当なのかを確かめに行こうと思うのだが、どうだろう」
ユサギは長い黒髪をひるがえし二人に向かって爽やかに微笑んだ。
「……お前、その謎のカッパ設定を否定するなら早い方がいいと思うぞ、この人マジでやると言ったらやるからな」
トールが自称カッパにささやく、が、自称カッパは首を振った後に強い決意に満ちた眼差しを二人に向け、
「それでも……ワタクシはカッパなのです」
「よし、行こう。
あははは、いいもの拾ったなぁ」
自称カッパの腕を掴んで引きずりながら、ユサギは嬉しそうに店外へ向かって歩き出した。
「うぅーん……止めた方がいいような、でも止める気が起きないような……」
などとその後姿をしばらく静観していたトールだったが、
「って、いや、やっぱり駄目ですって!
先生!
即死するような実験はさすがにまずいです!
せめてとりあえずはそいつ曰くの『ウロコ』をはがしたらどうなるのかって実験ぐらいからにしないと!」
と慌てて二人を追って走り出した。
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