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第一話:吊り橋とカッパの親子と地下室のサクラ(十一)
やがて車は都心から高速道を抜けて小一時間ほど走った郊外へと辿り着き、夕暮れの野山に囲まれた広い敷地へと入った。
大小の金属資材や機械類が点在する庭の中央の一本道を抜けて行くと、コンクリート造三階建ての大きな家屋が現れ、
「あれ、誰か来てるな……って、あぁ、香里奈ちゃんと真奈ちゃんですね」
家屋の前で親子二人乗りの自転車から制服姿の少女が降り立ち、チャイルドシートの幼女を抱き上げて地面に降ろしている姿にトールが言うと、後部座席の中年がなぜか一瞬びくっと体を震わせた。
その香里奈と真奈は車の音に気が付くと、
「あ、おかえりなさい。
ちょうどあたしたちも今帰って来たところなんですよ。
実験どうでした?」
「土産」
と、車を降りたトールとユサギに手を振った。
「実験はくそみたいなもんだったが、真奈にはすごい土産があるぞ。
おい、お前も早く降りて来いよ」
真奈に向かって歩み寄りながら得意げな顔を見せるユサギが車内に目を向けるが、中年はなかなか姿を現さない。
「何やってんだ?
いいから出て来いって」
後部座席の扉を開けてトールが苛々と中を覗き込むと、中年はうつむき目をそらし、しかしながら舌打ち混じりのトールに半ば無理矢理車外へと引きずり出され、車の陰に隠れるように申し訳無さげに佇んだ。
「!?」
「こいつは」
香里奈と真奈が目を見開き、その自称カッパの中年男性に釘付けになった。
「ふ、ふ、ふ、わかるか。
こいつはとある山深い渓流で拾って来た、カッパなん……」
「お父さん!?」
「父だ」
「……は……?
えぇ!?
お、お父さん!?」
「ん?
そうなのか?
そいつはまた随分と奇遇だな」
と、トールとユサギが中年と女子二人に交互に顔を向ける中、
「もう!!
どこ行ってたのよ!!
ちょっとは心配したんだからね!!」
「死に損なったか」
女子二人が中年の元へと駆け寄り、瞳を潤ませながら、あるいは冷たく見下すような面持ちで声をかけるが、中年は相変わらずうつむき身を縮こまらせている。
「って、ことは……このおっさんが例の……行方不明になってた二人のお父さん……なのかい……?」
そのドラマチックな親子三人の輪に加わろうと声を掛けたトールだったが、
「待て、その『って、ことは』じゃない、もっと重要な『って、ことは』があるだろう」
ユサギがそれを遮った。
「え?
いや、何ですか、この親子の衝撃的な再会以上に何かあるんですか」
「当たり前だ。
いいか、『って、ことは』だ。
お前らガキ二人もカッパなのだな?
やった、便利な実験台が一度に三体も……」
とユサギは親子に向かって目を輝かせた。
しかし即座に香里奈が、
「違います!
人間です!!
あぁもう、お父さん!?
今度はカッパ!?
いい加減にしてよね!
恥ずかしい!!」
と首を振って女性用下着姿の父を叱責し、
「しょうもない」
続いて真奈が吐き捨てた。
「えぇ!?
もうカッパじゃなくなってしまうのか!?
まだ面白おかしいあんなこともこんなことも何もやってないのに!!」
「残念でしたね……」
香里奈の返答に一転して打ちひしがれた表情となり、悔しげに唇を噛み締めているユサギに、
「御迷惑をお掛けしてしまって本当にすみません……。
父は精神的に追い詰められると謎の設定に逃げ込んでそっちの世界に入り込んでしまう性癖があるくそ変態で……」
「母が蒸発した時はカカシになったがくそ面白くなかったな」
香里奈が深々と頭を下げ、真奈が中年に蔑みの目を向ける。
「娘さん二人に随分な言われようですが一つもフォローできそうに無いです」
「全くだな、カカシなど何かの的ぐらいには使えるかも知れんが、動きが無ければそれもまるで面白味が無い」
「そこですか」
トールとユサギが傍観的に話す中、
「もう!!
お父さんがいなくなっちゃったから、なんとかしなきゃ、真奈を守らなきゃって、あたし制服で見知らぬ男とデート的なことをしてお金をもらうバイトとか登録しちゃって、危うくこのスカしたイタリア野郎に異常で不謹慎ないたずらをされたりしてたんだからね!?」
と頭を上げ振り返った香里奈の涙ながらの訴えに、それまでずっとうつむき爪などをいじっていた中年は大きく体を震わせて顔を上げ、トールを睨み付けると足早に歩み寄り、その胸ぐらを無言でつかんだ。
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